経済の中心がイタリアからオランダへ
その後、ヨーロッパの経済の中心は徐々に変化していきます。
イタリアの都市国家が地中海貿易によって繁栄した時代から、次第に北西ヨーロッパへと経済の重心が移っていきます。その中で大きな存在感を持つようになったのがオランダです。
オランダでは、海運や貿易が盛んになり、世界各地と結びついた商業ネットワークが形成されました。
経済の中心が移れば、商業の形も変わります。そして、商業の形が変われば、それを記録する簿記の仕組みも変わります。
繁栄するオランダで変化した「商品勘定」
簿記は、経済社会から独立して発展してきたものではありません。経済活動の変化に応じて、簿記の仕組みも変化してきました。
イタリアで複式簿記が発展した当時は、商品ごとに管理する「口別商品勘定」が中心でした。
しかし、経済の中心がイタリアからオランダへ移り、商業活動がさらに発展していくと、オランダにおいて「一般商品勘定」が成立します。
その後、経済の中心はさらにイギリスへと移っていきます。そして19世紀のイギリスにおいて、商品勘定の三分割が生じることになります。
この流れを見ていくと、簿記の発展が経済史と重なっていることが分かります。
イタリアの商業都市で複式簿記が発展し、経済の中心がオランダへ移ると商品勘定も変化する。そして、英国が産業革命によって世界経済の中心となると、さらに簿記の仕組みが変化していきました。
経済の発展が商業を変え、商業の変化が簿記を変えていったのです。
このように考えると、簿記は単なる「帳簿の付け方」ではなく、その時代の経済活動を映し出すものだと分かります。
