フェルメール「真珠の耳飾りの少女」を簿記から読む――17世紀オランダの繁栄と複式簿記の発展

フェルメール「真珠の耳飾りの少女」を簿記から読む――17世紀オランダの繁栄と複式簿記の発展
(※写真はイメージです/PIXTA)

フェルメールの代表作「真珠の耳飾りの少女」は、現在も多くの人を魅了しています。しかし、この作品を生んだ17世紀のオランダを理解するには、美術史だけでなく、当時の経済や商業の発展にも目を向ける必要があります。実は、現在の簿記会計で使われている複式簿記は、14~15世紀のイタリアで発展しました。そして、経済の中心がイタリアからオランダへ移っていくなかで、簿記の仕組みも変化していきました。フェルメールが生きた17世紀のオランダは、まさに経済・貿易が大きく発展した時代です。今回は、美術史ではなく簿記の歴史という視点から、「真珠の耳飾りの少女」が描かれた時代のオランダを眺めてみたいと思います。

経済の中心がイタリアからオランダへ

その後、ヨーロッパの経済の中心は徐々に変化していきます。

 

イタリアの都市国家が地中海貿易によって繁栄した時代から、次第に北西ヨーロッパへと経済の重心が移っていきます。その中で大きな存在感を持つようになったのがオランダです。

 

オランダでは、海運や貿易が盛んになり、世界各地と結びついた商業ネットワークが形成されました。

 

経済の中心が移れば、商業の形も変わります。そして、商業の形が変われば、それを記録する簿記の仕組みも変わります。

繁栄するオランダで変化した「商品勘定」

簿記は、経済社会から独立して発展してきたものではありません。経済活動の変化に応じて、簿記の仕組みも変化してきました。

 

イタリアで複式簿記が発展した当時は、商品ごとに管理する「口別商品勘定」が中心でした。

 

しかし、経済の中心がイタリアからオランダへ移り、商業活動がさらに発展していくと、オランダにおいて「一般商品勘定」が成立します。

 

その後、経済の中心はさらにイギリスへと移っていきます。そして19世紀のイギリスにおいて、商品勘定の三分割が生じることになります。

 

この流れを見ていくと、簿記の発展が経済史と重なっていることが分かります。

 

イタリアの商業都市で複式簿記が発展し、経済の中心がオランダへ移ると商品勘定も変化する。そして、英国が産業革命によって世界経済の中心となると、さらに簿記の仕組みが変化していきました。

 

経済の発展が商業を変え、商業の変化が簿記を変えていったのです。

 

このように考えると、簿記は単なる「帳簿の付け方」ではなく、その時代の経済活動を映し出すものだと分かります。

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