「うちは貧乏」を真に受けて育った息子
「父から送られてきた写真を見たとき、本当に驚きました」
都内のIT企業に勤める大樹さん(仮名・33歳)は、幼少期からずっと「自分家は貧しい」と思い込んで生きてきました。
父・正雄さん(仮名・67歳)の口癖は、「そんな金はない」。正雄さんは大手のインフラ系企業で定年まで勤め上げた会社員で、母はパート勤務。現役時代から家庭内の「貧困設定」は徹底されていました。
服はもっぱら中古品か量販店のワゴンセール。自分には買ってもらえないゲームや漫画を、友達の家に遊びにいっては羨ましそうに眺める……そんな子ども時代を過ごしました。母に泣きつくこともありましたが、「贅沢言わないの。お父さんの言うことを聞きなさい」と一蹴。実家では父親が“圧倒的な正義”でした。
大樹さんが最も葛藤したのは、大学の進路選択でした。樹さんは理系の私立大学で学びたい分野がありましたが、父の返事は冷酷なものでした。
「私立に行かせる金なんて我が家にはないぞ。国公立一本に絞れ。もちろん浪人なんて許されないぞ。落ちたら高卒で働きなさい」
結果として国公立には届かず、どうしても進学を諦めきれなかった大樹さんは、父に深々と頭を下げました。奨学金(有利子)を月10万円借り、不足する学費や生活費、教材費は深夜までのアルバイトで補うという条件で、なんとか私立大学へ進学したのです。
大学時代は大半をバイトと勉強に費やし、サークル活動や留学など「お金のかかる青春」は一切諦めました。社会人になると毎月約2万円の奨学金返済がはじまり、それはいまだ続いていました。
