「この家を売って、海の近くで暮らしたい」
「お父さんと、引っ越そうと思っているの」
母の和子さん(仮名・72歳)から電話を受けたとき、長女の真紀さん(仮名・46歳)は耳を疑いました。
「引っ越すって、どこへ?」
「海の近く。前に旅行で行った町よ」
和子さんは同い年の夫・隆さんと二人暮らし。夫婦の年金収入は月約24万円で、預貯金は約2,800万円あります。
二人が暮らしていたのは、隆さんの勤務先への通勤を考えて購入した都市部の戸建てでした。住宅ローンは完済していましたが、最寄り駅までは徒歩20分。築30年を超え、外壁や給湯器の修繕も必要になっていました。
隆さんは退職後も数年間、再雇用で働いていました。完全に仕事を辞めると、夫婦で家にいる時間が増えます。
「毎朝、車の音で目が覚めて、昼間も別々の部屋でテレビを見ているだけ。ここに住み続ける理由が分からなくなったの」
二人が移住を考えたのは、結婚40周年に訪れた海辺の町がきっかけでした。駅から徒歩圏内にスーパーや診療所があり、高台の住宅地からは海を望めます。
真紀さんは反対しました。
「旅行で行くのと暮らすのは違うよ。車が運転できなくなったらどうするの?」
両親はすぐには契約せず、まず1ヵ月間、町の短期滞在住宅を借りました。実際にスーパーや病院まで歩き、バスの本数や坂道の勾配も確認。自治体の移住相談窓口では、災害リスクや高齢者向けサービスについて説明を受けました。
その結果、海沿いではなく、津波浸水想定区域から外れた高台の中古マンションを選びました。最寄り駅とスーパーまでは徒歩10分ほどです。
元の自宅は約3,300万円で売却。新居の購入費と改修費に約2,000万円を充て、引っ越し後も売却代金の一部を老後資金として残しました。
「海辺に住みたいからといって、海の目の前に住む必要はないでしょう」
隆さんはそう話しました。
総務省『家計調査報告(家計収支編)2025年平均結果』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、可処分所得が月22万1,544円である一方、消費支出は26万3,979円でした。平均では毎月の収入だけで支出を賄いきれず、資産の取り崩しを伴う家計となっています。
和子さん夫婦の年金収入は平均に近いため、移住後も生活費を抑えるだけでなく、住宅の修繕や将来の介護に備えて現金を残す必要がありました。
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