公正証書遺言で姪家族への承継と将来の変化に備える
当方では、Aさんへのヒアリングを重ね、本人の希望と相続実務の両面を踏まえた遺言設計を提案しました。
単に財産の分け方を指定するだけでなく、きょうだいの誰かがAさんより先に亡くなる可能性や、多額の上場株式を円滑に分配する方法まで考慮した内容です。
1.公正証書遺言を作成し、Aさんの意思を明確にする
Aさんが90代であることを踏まえ、自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言を作成することにしました。
公正証書遺言は、公証人が本人の意思を確認したうえで作成するため、形式の不備によって遺言が無効になるリスクを抑えられます。また、原本が公証役場に保管されるため、紛失や改ざんの心配もありません。
Aさんの希望や家族関係、資産状況を整理し、遺言書の原案作成をサポートしたうえで、公証役場との調整を行いました。
2.約2億5,000万円の上場株式を売却し、現金で分配する
Aさんが保有する上場株式は、相続開始後に遺言執行者が売却し、現金化したうえで、それぞれの受取人に分配することにしました。
株式そのものを複数人に分ける場合、銘柄や株数によって受け取る財産の価値に差が生じる可能性があります。また、受取人ごとに名義変更や売却の手続きを行わなければならず、管理の負担も大きくなります。
あらかじめ株式を換価して現金で分配することにより、財産を割合どおりに分けやすくなり、受取人による株式の管理や売却の負担も軽減できます。
3.きょうだいに30%、姪家族に70%を残す
財産の配分は、Aさんの希望に沿って、次のように定めました。
・姉 10%
・妹 10%
・弟 10%
・姪 30%
・姪の夫 30%
・姪の長女 10%
法定相続では、原則として姉、妹、弟が財産を相続します。しかし、この分け方では、長年にわたってAさんの生活を支えてきた姪夫婦やその家族に、財産を残すことはできません。
そこで、きょうだいへの配分を合計30%、姪家族への配分を合計70%とし、「お世話になった姪家族に感謝の気持ちを伝えたい」というAさんの意思を具体的な割合に反映しました。
4.きょうだいが先に亡くなった場合に備えて予備的遺言を設ける
姉、妹、弟は、いずれも80代後半から90代です。そのため、遺言書の作成後、きょうだいの誰かがAさんより先に、または同時に亡くなる可能性も考慮する必要がありました。
そこで、公正証書遺言に「予備的遺言」を盛り込みました。
姉、妹、弟のいずれかがAさんより先に、または同時に亡くなった場合、その人に渡す予定だった財産を、次の割合で姪家族へ遺贈する内容です。
・姪 40%
・姪の夫 40%
・姪の長女 20%
この定めにより、きょうだいの誰かが先に亡くなった場合でも、財産の行き先が不明確になることを防げます。
また、Aさんが本来財産を残したいと考えている姪家族へ承継できるため、将来の家族構成の変化にも対応できます。
高齢者同士の相続では、現在の家族構成だけでなく、相続が発生するまでの間に起こり得る変化を見据えて遺言を設計することが重要です。
5.相続手続きを担う遺言執行者に姪を指定する
遺言書の内容を実現する遺言執行者には、日頃からAさんを支え、資産状況や家族関係を把握している姪を指定しました。
姪が遺言執行者となることで、金融機関や証券会社での手続き、株式の売却、債務や諸費用の支払い、受取人への財産の分配などを一元的に進められます。
相続人となるきょうだいはいずれも高齢であるため、実務を担う人をあらかじめ決めておくことで、相続発生後の負担や混乱を抑えられるようにしました。
公正証書遺言を完成させ、感謝を財産とともに残す
公正証書遺言は無事に完成しました。
完成後、Aさんは「これで安心しました」と笑顔を見せてくださいました。長年かけて築いてきた財産について、誰に、どのような理由で、どれだけ残すのかを明確にできたことで、将来への不安を軽減することができました。
また、遺言書の付言事項には、家族への感謝の言葉も盛り込みました。
財産の分け方だけでなく、「ありがとう」というAさんの気持ちも一緒に残せる遺言となりました。
今回の事例では、法定相続だけでは実現できない、姪家族への「感謝の相続」を形にすることができました。
相続実務士の視点
相続対策というと、税金を減らすための対策を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、相続を考えるうえで最初に整理すべきなのは、「誰に財産を残したいのか」という本人の意思です。
今回のAさんの法定相続人は、姉、妹、弟でした。一方、日常生活を長年支え続けていたのは、姪夫婦とその家族です。
遺言書を作成しなければ、原則として財産は法定相続人であるきょうだいに承継されます。Aさんがどれほど姪家族に感謝していても、その思いだけで財産の承継先を変えることはできません。
相続設計では、次の4つを総合的に考える必要があります。
①法律
②税金
③家族関係
④相談者本人の想い
特に、子どもがおらず、相続人となるきょうだいも高齢で、実際の生活を支えているのは甥や姪というケースでは、法定相続の内容と本人の希望が一致しないことがあります。
そのような場合は、判断能力が十分に保たれているうちに遺言書を作成し、財産の承継先を明確にしておくことが重要です。
遺言書は、単に財産の分け方を決めるための書類ではありません。お世話になった人への感謝を伝え、相続をめぐる家族の混乱や争いを防ぎ、自分の意思に沿った財産承継を実現するためのものでもあります。
Aさんは90代になっても自ら資産を管理し、自分の意思で財産の行き先を決めました。
「判断できる今のうちに準備する」
それが、本人の想いを確実に実現し、家族の負担を減らす相続対策の第一歩といえるでしょう。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
