判断能力の低下は、誰にでも起こりうる
判断能力の低下は、特別な人だけに起こることではありません。
厚生労働省の資料では、認知症の高齢者は、2030年には約523万人、2040年には584万人に達するとの推計結果が示されています。また、同資料では2022年時点で65歳以上では、約8人に1人、90歳以上では2人に1人が認知症という結果が。認知症の有病率は年を重ねるにつれて上がる傾向がうかがえます(※1、2)。
さらに、民間の試算では、認知症の方が保有するとされる資産は2020年時点で金融資産と不動産を合わせて約255兆円にのぼり、2040年には349兆円に増えるとの推計が(※3、4)。判断能力が衰えると、本人名義の資産を必要なときに動かしにくくなる、いわゆる「資産凍結」が起こり得ます。預金の引き出しや不動産の売却、施設入居のための契約に、本人の意思確認が求められる場面は少なくありません。
生活設計の視点でみると、老後に向けて「お金を用意しておくこと」と、「お金を使える状態にしておくこと」は、まったく別の課題です。
Aさんのように十分な資産があっても、判断能力が低下して資産が凍結されれば、手厚いケアの費用を拠出しようにも自分の意思では動かせなくなる可能性があります。加えて、在宅であれ施設であれ、介護には費用が継続的にかかります。収入で賄えない場合はどのくらいのペースで資産を取り崩し、どう備えておくのか。必要な資金設計と、「そのお金を動かせる状態を保つ備え」は、セットで考える必要があるのです。
制度はあるが、万能ではない
こうした事態に備える制度は、もちろんあります。判断能力が不十分になった方を支える成年後見制度や、財産の管理をあらかじめ家族に託しておく民事信託、いわゆる家族信託などです。
ただ、これらはあくまで制度であり、それぞれに得意・不得意があります。
成年後見制度
財産管理に加え、介護サービスや施設入居など、本人の生活のための契約を担える一方、原則として本人の財産保護が目的です。家族の都合や資産の積極的な活用を踏まえた利用は想定されていません。
家族信託
財産管理の方法を比較的柔軟に設計できる反面、介護や医療に関する同意や契約まで、すべて担えるわけではありません。
それぞれに一長一短があり、いま制度や契約を整えても、将来の本人の状態や家族関係、必要となる支援の変化まで、必ずしも対応しきれるわけではないのです。
なお、成年後見制度や家族信託の適切な活用方法は、本人の状況や家族関係、保有資産、希望する暮らしによって大きく異なります。利用を検討する際は、各制度に詳しい専門家に相談することをお勧めします。
Aさんは、長年付き合いのある弁護士や税理士、医療・介護の専門家から意見を聞き、自分たちにとって今後の道筋を見通しやすい方法を検討しました。その結果が、住む場所を変えず、自宅を中心に支援者や契約を配置するという選択だったのです。
