(※写真はイメージです/PIXTA)

「困ったときは家族が助け合うのが当然」と考える親世代と、自身の生活防衛で余裕がない子ども世代。世代間の価値観のギャップに金銭問題が重なったとき、親子関係は修復不可能なレベルまで悪化することも。本記事では合同会社ミコサポ代表の三藤桂子FPが、Aさんの事例から、家族との適切な距離感を考えます。※事例はプライバシー保護のため、一部脚色しています。

長男子育ての失敗、両親の「次の矛先」

現在50歳のAさんは、きょうだいに兄が1人います。兄弟ともに幼いころから両親に厳しく育てられました。

 

特に長男である兄に対する親の干渉は凄まじいものでした。兄がなにか意思表示をしても、「お眼鏡」に適わないと全否定。高校までの進学先はすべて親が指定し、交友関係や習い事について、「そんな友達と付き合ってはいけない」「塾はここに通いなさい」と細かく指示されているのを目の当たりにしてきたAさん。さらに「洋服はこれを着なさい」とまですべてを決められる姿は、弟であるAさんも苦しくなりました。

 

大学受験でも「ここを受けなさい」といわれ受験しましたが、兄は親に隠れて希望する大学を1校受験し、合格を果たします。両親に猛反対されたものの、兄は家を出て奨学金とアルバイトで学費を賄いながら、実家にはほぼ帰らず大学生活を送りました。

 

そして兄は「親から自由になりたい」と、就職先で海外支店を希望し、30代後半で夢を叶えます。一時帰国しても実家には立ち寄らず、両親と顔を合わせず、実家とはほぼ絶縁状態に。

 

兄がいなくなってから、両親の過剰な期待と監視の目はすべて弟のAさんへと向かいます。兄で失敗したと感じた両親の厳しさは、Aさんの体感1.5倍増に。兄のように飛び出す勇気が持てなかったAさんは、半ば諦めながら親の指示に従い、有名国公立大学へ進学しました。

 

Aさんが就職して数年が経ったタイミングで、父は病気で亡くなりました。このときAさんは「母親と2人になれば、小言も半減するだろう」と淡い期待を抱いていたのです。

父の死で判明した「遺族年金10万円」

Aさんの父は、晩年、個人事業主だったため、ずっと会社に勤めていた人に比べ、父自身の年金は少ない額でした。さらに母は共働きでした。そのため、母が要件を満たして受け取れる遺族年金は少ない額に。

 

父の厚生年金期間が短いこと、共働きだった母自身に厚生年金額があることから、遺族厚生年金はその額を差し引いた差額分しか受給できない仕組み(いわゆる「先あて」による調整)になっているからです。遺族年金の権利自体は約70万円ありましたが、母が実際に受け取る遺族年金は、自身の老齢厚生年金を差し引き、年額10万円に留まりました。

 

結果、母親の年金収入は自身の老齢年金(基礎年金含む)年額140万円と遺族年金10万円を合わせた「年額150万円(月額約12.5万円)」となりました。

 

配偶者と死別しても、生活費は半分にならない

父の生前、父と母2人分の年金を合わせると300万円でした。月額25万円はあったので、生活が成り立っていました。さらにAさんは独身時代に月3万円の仕送りを続け、母も高齢になってもアルバイトを少ししていたため、不自由はなかったのです。

 

しかし、配偶者が亡くなって「おひとり様」になっても、水光熱費や固定資産税などの固定費が半額になるわけではありません。年金とアルバイト代を合わせても月18.5万円程度。父の死後、母の生活は苦しくなりました。

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※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。

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