日本版給付付き税額控除が抱える課題
給付付き税額控除は、低所得者支援や所得再分配を目的とした制度として有効性が期待されています。しかし、日本で導入するためには、制度設計上の課題も少なくありません。
(1)最大の課題は財源の確保
まず避けて通れないのが財源です。政府は、食料品の消費税率を2年間ゼロ%とする方針を示していますが、この措置だけでも約10兆円規模の財源が必要とされています。
その後に給付付き税額控除を恒久的な制度として運営するのであれば、さらに安定した財源を確保しなければなりません。制度の内容によって必要な財源は大きく変わるため、給付水準や対象者をどのように設定するかが重要になります。
(2)誰を給付対象にするのか
次に問題となるのが、給付対象の範囲です。給付を個人単位で判定するのか、夫婦単位とするのか、それとも世帯単位とするのかによって、制度の公平性や行政コストは大きく変わります。
また、児童のいる世帯や高齢者世帯など、特定の世帯類型をどのように扱うかも制度設計上の重要な論点となります。
(3)所得をどこまで把握できるのか
制度を公平に運営するためには、所得を正確に把握することが不可欠です。しかし、日本では所得税の申告義務がない人も少なくありません。そのため、税務当局だけでは所得情報を十分に把握できないケースがあります。
さらに、金融所得や資産所得をどのように制度へ反映させるかも課題です。米国では利子や配当などの資産所得も確定申告書に記載されますが、日本では申告不要制度などもあり、同じような仕組みにはなっていません。この点は、制度の公平性に直結する重要な論点といえるでしょう。
(4)マイナンバーの活用
制度運営の基盤となるのが、所得情報を正確に把握するためのデジタルインフラです。2026年1月末時点で、マイナンバーカードの普及率は約81%となっています。
今後、マイナンバーを活用した所得・資産情報の連携がさらに進めば、給付対象者の判定や給付事務の効率化は大きく進展すると考えられます。個人情報保護や情報管理の在り方については、国民の理解を得ながら慎重に制度を構築していく必要があります。
日本の社会保障制度全体のあり方を左右
給付付き税額控除は、税制と社会保障を組み合わせることで、低所得者支援と所得再分配を実現しようとする新しい政策手法です。
カナダは消費税の逆進性を緩和することを目的とし、米国は勤労意欲を維持するための就労支援を重視しています。英国では複数の給付制度を一本化し、社会保障制度全体の効率化を図っています。同じ「給付付き税額控除」と呼ばれる制度でも、その目的や運用方法は国によって大きく異なります。
日本でも制度導入の議論が本格化していますが、海外制度をそのまま導入することは現実的ではありません。日本の税制や社会保障制度、地方税制度、行政組織などの実情を踏まえた制度設計が不可欠です。
英国のユニバーサルクレジットも、制度開始から10年以上をかけて対象範囲を広げ、運用改善を重ねてきました。日本でも、まずは限定的な制度として導入し、運用状況を検証しながら段階的に拡充していくのか、それとも当初から包括的な制度を構築するのかが、今後の政策判断の重要なポイントになるでしょう。
給付付き税額控除は、税制改正の一項目ではなく、日本の社会保障制度全体のあり方を左右する大きな改革です。今後は、財源論だけでなく、公平性、行政コスト、デジタル基盤の整備なども含め、多角的な視点から議論を深めていくことが求められます。
矢内 一好
国際課税研究所
首席研究員
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