8日以内であればクーリング・オフは「無条件」で可能
Q.
一戸建て住宅に住んでいます。築5年ほど経っています。近くを通りかかったという業者の訪問を受け、壁の塗装が劣化してこのままでは雨漏りや壁本体の痛みがひどくなると言われて、建物全体の壁の再塗装工事を108万円で契約しました。私の家を含めて近隣4戸の家が同時期に建築された住宅なのですが、他の家は再塗装の気配はありません。それで後悔してクーリング・オフをしたいのですが、契約書には、工事着手前に当方の都合で解約した場合は違約金として代金の10%を支払うこととされています。また、業者は塗装工事のために足場を設置してしまいました。幸い代金はまだ払っていません。この段階でクーリング・オフは可能でしょうか。
A.
訪問販売で契約し、法定の契約書を受け取った場合でも受け取った時から8日以内であればクーリング・オフが可能です。8日以内に事業者が契約に着手していても可能です。契約で損害賠償や違約金の定めがあっても支払義務は発生しません。また、原状回復費用は事業者負担です。
クーリング・オフの要件
クーリング・オフとは頭を冷やして考え直すということばが当てはまります。事業者の訪問を受けてセールストークに乗って、契約をしてしまい、商品を現金で購入してしまったり、割賦で購入してしまうことがあります。前回で解説したとおり、特定商取引法は事業者から法定の書面を交付された場合に8日以内であれば無条件に申込みを撤回したり、契約を解消することができるとしました(特商9条)。法定の書面を交付された場合で、契約時に商品の引渡しを受けたときでも、又は、8日以内にサービスの提供を受けたときでも、クーリング・オフは可能です。
クーリング・オフの基本効果
クーリング・オフの通知を発信すると、売買契約や役務提供契約の申込みの撤回又は売買契約や役務提供契約の解除の効果が発生します(特商9条2項)。無条件に撤回や解除ができるところにクーリング・オフの特徴があります。錯誤や詐欺といった事情は不要ですし、債務不履行も不要です。
クーリング・オフ回避行為・阻害行為
設問では外壁塗装のために自宅の周囲に足場が組まれています。事業者に悪意はないと思いますが、なかにはクーリング・オフをさせないために工事に着手したり、サービスの提供を開始する事業者もいます。事業者が消費者のクーリング・オフの権利の行使を妨げる行為を行った場合にはクーリング・オフの期間が延長されます(特商9条1項ただし書)。回避行為や阻害行為の例には、162万円のところ大幅に値引きして108万円にしたのでクーリング・オフはできないと告げること、塗料を注文済みなのでクーリング・オフはできないと告げること、民法で履行に着手したら解除はできないことになっていると告げること、担当者が首になってしまうので止めてほしいと告げること、理由がなければ契約は解消できないと告げることなどです。
前記のとおりクーリング・オフは無条件で可能です。このようなクーリング・オフの回避行為や阻害行為が行われて、申込者や契約者が期間内にクーリング・オフの権利を行使しなかった場合、事業者があらためてクーリング・オフが可能であることを記載した書面を契約者等に交付し、説明を行った時から、8日を経過するまではクーリング・オフが可能です。
「事業者」は損害賠償請求ができない
損害賠償・違約金の不適用
事業者からしますと、一方的に申込みを撤回され、又は、契約を解除されるのですから、契約者等に対し、損害賠償を求めようとすることが考えられます。しかし、損害賠償請求を認めたのではクーリング・オフ制度の意味がなくなり、契約者等の保護が図れません。特定商取引法9条3項において事業者は損害賠償請求ができないことが明記されました。設問では事業者は外壁塗装のための足場を組んでいますので、その工賃や足場の料金が損失として発生していますが、事業者はその損害の賠償を求めることはできません。また、申込書や契約書に損害賠償の予定条項や違約金の条項が定められていることがありますが、そのような定めのある申込書が利用されたり、契約書が作成された場合でも、事業者は約定損害金の賠償支払を求めたり、違約金の請求はできません(特商9条3項)。
商品等返還費用の事業者負担
クーリング・オフが行われた場合、両当事者は原状回復義務を負います。例えば、商品の売買契約において商品が購入者に渡されている場合、購入者は商品を返還しなければならず、民法では原状回復義務として返還費用は購入者負担となりますが、クーリング・オフの場合はその返還に要する費用は事業者負担となります(特商9条4項)。事業者が商品の受取に来ない場合、契約者が着払で事業者に送付することができます。契約者が返送のために必要な梱包を行いそのために費用を支出した場合は、その費用は事業者が負担すべきものですから、契約者は事業者にその費用を請求できます。
土地・建物等の原状回復義務
契約者の土地・建物その他の工作物の現状が変更された場合は、事業者に原状回復措置を無償で講ずることを請求できます(特商9条7項)。機器や設備の取付契約では契約締結後に直ちに取付工事に着手することや、リフォーム工事契約で翌日にリフォーム工事に着手することがあります。工事着手後にクーリング・オフをしますと、工事途中となってしまうために痕が残りますのでクーリング・オフを躊躇してしまうことになります。それでは契約者等の保護になりません。クーリング・オフ逃れを防止するために、特定商取引法9条7項は、「申込者等の土地又は建物その他の工作物の現状が変更されたときは、……事業者……に対し、その原状回復に必要な措置を無償で講ずることを請求することができる」と定めて、申込者等の原状回復請求権を定めました。
現状を変更する行為の例として、①取付工事で穴をあける、②外壁工事で足場を組む、外壁の一部を外す、③屋根工事で瓦を下ろす、④離れの建築で地盤工事を始める、⑤床下換気扇の取付けのため基礎に穴をあけるなどが考えられます。契約者等が請求したにもかかわらず事業者が原状回復を行わない場合は、契約者等は原状回復の遅延による損害を事業者に請求することができます。契約者等に請求する権利を認めたものですので、クーリング・オフ時の状況が不都合のない場合や有利な場合は契約者等は原状回復を請求してもしなくてもかまいません。
片面的強行法
クーリング・オフに関することで申込者や契約者に不利な特約は無効です(特商9条8項)。
【参考文献】
⑴ 圓山茂夫『特定商取引法の理論と実務〔第3版〕』(民事法研究会、2014)。
⑵ 消費者庁取引・物価対策課・経済産業省商務情報政策局消費経済政策課編『特定商取引に関する法律の解説(平成21年版)』(商事法務、2010)。