今回は、クーリング・オフの要件について詳しく見ていきます。※本連載では、犬塚浩弁護士の編著で、髙岡信男弁護士、岩島秀樹弁護士・一級建築士、竹下慎一弁護士、宮田義晃弁護士の共著『リフォーム工事の法律相談』(青林書院)より一部を抜粋し、リフォーム工事の「契約時」における法的な知識について分かりやすくQ&A方式で解説します。

交付された契約書は要件を満たしているか?

Q 

80歳を超えた両親が住む実家に行きましたら,屋根の葺き替えが済んでいましたし、床下改修工事が終わっていました。3年前に私の負担でリフォーム工事をしたばかりで、その時の業者は屋根や床下はあと10年は大丈夫と言っていました。父に事情を聞いたところ、親切な業者が訪問してきて、通常であれば1000万円以上の代金になるが20周年記念で大幅値引きして600万円でやってくれるというので工事を依頼したとのことでした。契約書が父の手元に存在し、工事内容の箇所を見ましたら,リフォーム工事一式と記載されていました。私は納得がいかないので、父にクーリング・オフさせて600万円を取り戻そうと思いますが問題がありますか。

 

A 

特定商取引法の定める要件に欠けた契約書面の交付がなされた場合はクーリング・オフの期間制限がありませんので、お父様はクーリング・オフが可能です。クーリング・オフにより代金600万円の返還を求めることができます。屋根や床下の改修が済んでいますがご両親はそのままで住み続けられます。ただし、代金の返還請求については、事情によって権利の濫用として返還を否定されることも考えられます。

 

クーリング・オフの要件

法定の契約書面の要件

お父様は事業者の訪問を受けてリフォーム工事の契約をしたものと判断できますので、特定商取引法の適用が考えられます。設問では、お父様が事業者との間で契約書を作成してからかなりの期間を経過しています。特定商取引法9条1項は、そのただし書で、5条の書面を受領した日から起算して8日を経過した場合はクーリング・オフができないとしています。また、設問では、屋根の葺き替えと床下の改修が終わっていますので、ご両親の家は工事以前よりも良いものになっています。経済的価値が増加していますので、クーリング・オフの権利を行使した場合にどのような事態になるのかをお知りになりたいものと思います。

 

まず、設問におけるクーリング・オフの要件を検討します。特定商取引法では、事業者は、契約締結時に同法5条の書面(契約書面)を消費者に交付しなければならないとされています。5条によると、訪問販売において契約した場合、省令の定めるところにより、4条記載の事項を記載した契約書面を交付しなければならないとされています。この契約書面の法定の記載事項の詳細については後述いたします。設問では、4条1号の商品・権利・役務の種類という記載事項の記載があるといえるかどうかが問題となります。住宅リフォーム工事の契約の場合、工事内容が特定できる程度に記載しなければならないとされ、「床下工事一式」「床下耐震工事一式」とのみ記載することでは4条に違反するとされています。

 

したがって、お父様は法定の契約書面の交付を受けたとはいえませんので、特定商取引法9条1項ただし書の期間制限に服しません。契約書を受け取った日から8日を経過している現時点でもクーリング・オフが可能です。

 

⑵クーリング・オフの権利者

クーリング・オフができる者は訪問販売によって契約を申し込んだ者、契約をした者です。クーリング・オフの通知も本人が作成することが望ましいのですが、代筆が許されないものではありません。しかし、事業者が、申込書や契約書の筆跡と異なることから、本人により通知の発信がなされなかったという争いをしてくることが想定できます。したがって、代筆する場合は署名だけは本人に自署させることが実務的ですが、本人の依頼により長男が代筆したと記載することも考えられます。

 

クーリング・オフの基本効果

売買契約や役務提供契約の申込みの撤回又は売買契約や役務提供契約の解除の効果が発生します(特商9条1項)。

 

売買契約や役務提供契約において代金の一部ないし全額を支払っていた場合、消費者は事業者に対し、支払った代金の返還を求めることができます。代金の返還を求めたにもかかわらず返還のないときは、遅延利息を付加して返還を求めることができます。設問の場合、お父様が事業者に支払った代金600万円の返還を求めることができます。

 

契約をした者が商品を受領していたときは商品を返還しなければなりません。契約者は商品を現状で返還すればよいのですが、紛失した場合や、通常の使用方法を超えて毀損している場合には賠償しなければなりません。ただし、クーリング・オフ後相当期間内に事業者が引取りに来なかった場合や、消費者が返送しても戻ってきてしまった場合には、その後の責任は緩和されます。

権利の濫用との反論にどう対応する?

利得返還義務等の不発生

リフォーム工事契約において事業者がリフォーム工事を行ってしまった後に、契約者がクーリング・オフしたときには、事業者は住宅の経済的価値上昇分を不当利得として返還請求することや、リフォーム工事に調達した材料の代金相当額を不当利得として返還請求することがあり、事業者が返還すべき代金債務と相殺することがありました。それでは、消費者の保護になりません。それゆえ、特定商取引法は、事業者は不当利得の返還請求や対価の請求をできないものとしました(特商9条5項)。

 

例えば、ゴルフ会員権を購入して会員としてプレーした後にクーリング・オフを行った場合、事業者は、ビジターフィーとの差額を不当利得だとして、返還すべき会員権購入代金や預託金から相殺することは認められません。

 

入会金等の返還請求権

役務提供契約に関して、事業者において、申込み時に入会申込金等を支払わせる形態のものや、契約時に入会金を支払わせるものが一般的にみられます。そして、申込書や契約書において、契約に基づき1回でもサービスを利用したときは返還しないという約定のあるものがあります。理論的に、継続的契約において契約の解除は遡及効が認められないため、契約時に支払う入会金の返還が認められないのではないかという問題がありました。特定商取引法9条6項は、このような場合にも入会金等の返還義務を定めました。

 

権利の濫用との反論

設問では、既にリフォーム工事が終わり、相当な期間が経過していること、その間、契約者のお父様から事業者に苦情が出ていたとは思われませんし、リフォーム後の自宅で生活されてきたと思われますので、クーリング・オフに対し、事業者から権利の濫用であるとの反論のくることが予想されます。

 

リフォーム工事契約に基づき工事を実施し完了したにもかかわらず、注文者が代金(184万8000円)を支払わないため、事業者が注文者に対し、代金請求訴訟を提起したところ、訴訟提起から半年が経過して時点で、請負契約書に契約解除に関する事項の記載がないことを理由に注文者がクーリング・オフの権利を行使した事案で、事業者が、権利の濫用を主張した裁判例があります。裁判所は、代金の支払をめぐるトラブルを発生させる要因が事業者側にあるとの事情があったことから、権利の濫用に当たらないとしました(☆1)。設問において、代金額がリフォーム工事内容に見合っている場合で、お父様がクーリング・オフを控えさせられていた特段の事情がないときには、契約書の不備が軽微という評価が可能ですので、クーリング・オフが権利の濫用とされる可能性はないとはいえません。

 

【判例】

☆1 東京地判平6・9・2判時1535号9頁。

 

【参考文献】

⑴圓山茂夫『特定商取引法の理論と実務〔第3版〕』(民事法研究会、2014)。

⑵消費者庁取引・物価対策課・経済産業省商務情報政策局消費経済政策課編『特定商取引に関する法律の解説(平成21年版)』(商事法務、2010)。

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