平凡な銀行員が見た"憧れの老後"

定年退職を半年後に控えた午後、金山昇さん(仮名・当時64歳)は支店の窓口業務の合間に、ふと外を見つめていました。

35年間、同じ銀行で働き続けてきた彼の年収は1,200万円。決して派手な成功者ではありませんでしたが、毎月コツコツと積み立てた貯蓄と退職金を合わせれば、3,000万円程度の資産を確保できる見込みでした。

「これなら、企業年金と妻の年金も合わせればつつましやかでも安定した老後が送れるはず……」

そう考えていた矢先、かつての同期で融資部門のエースだった山田さんが、真新しいレクサスで支店に現れました。すでに定年退職していた山田さんは、退職後の不動産投資で大きな利益を上げ、ハワイに別荘を購入したという話でした。

「君も投資を始めたらどうだ? 銀行員なら投資の目利きなんて朝飯前だろう?」

その言葉が、金山さんの心に深く刺さりました。確かに、窓口では投資信託も扱っていました。しかし、実際に自分で投資判断をしたことはありません。

それでも、山田さんの成功を目の当たりにして、金山さんの心は大きく揺れ始めていました。

定年後の失敗:サブリース投資の落とし穴

退職から半年後、金山さんの携帯電話が鳴りました。大学時代の後輩からでした。

「先輩、今ならマンションのサブリース投資がお勧めです。空室リスクもなく、管理も全て任せられます」

そのときの金山さんの頭のなかでは、すでに計算が始まっていました。

「確かに、サブリースなら面倒な管理も任せられる。空室の心配もない。これなら安定した収入が見込める」

後輩への信頼もあり、なにより自分の目利きには絶対の自信があった金山さん。退職金から2,000万円とローン3,000万円を投じてマンションをサブリース契約で購入。運用は全て後輩の会社に任せることにしました。

ところが、契約から半年後、後輩から突然の連絡が入ります。

「申し訳ありません。転職しました」

以降、物件の管理や運営について気軽に相談できる人が社内からいなくなってしまったのです。そして契約から2年が経過した頃、想定外の事態が次々と発生します。

まず、サブリース会社から「市場の実態に合わせて、保証賃料を10%下げさせていただきます」という一方的な通告。当初、家賃収入の90%が保証されると説明されていました。

さらに、サブリース契約は、借地借家法の制約により、簡単には解約できないことが判明。「正当な理由」がないと認められず、立ち退き料も必要となることを知り、愕然としました。

「銀行員時代、窓口では投資信託も扱っていました。しかし、不動産投資については自分が全くの素人であることに気付けず、経験や知識が通用しない領域で誤った判断をしてしまいました。特に、後輩という『信頼できる人間関係』があったことで、逆に詳細な確認を怠ってしまいました」


その上、銀行員時代から続いているゴルフ仲間との付き合いも続けなければならず、毎月の出費は膨らむ一方。気がつけば、老後の備えとして残しておいたはずの貯金が、みるみる目減りしていったのです。