(※写真はイメージです/PIXTA)

「自分の死後は、残された家族に迷惑をかけないようにしたい」と願うのは、誰しもが持つ自然な思いです。特に、家族の中に認知症や知的障害を抱える人がいる場合、その準備はより一層重要になります。事前の計画がなければ、残された家族が直面する困難は計り知れません。この記事では、自身も障害児の母親であることから、障害児家庭における資産に関する問題に詳しい大野紗代子税理士が、万全の準備をした実際の事例をもとに、認知症や知的障害のある家庭で、相続における家族への事前の配慮がいかに重要であるかを解説します。

認知症の影響を考慮した「家族信託」のすすめ

「家族信託? 初めて聞きました」と真剣に話を聞いてくれる山崎さん。

 

「家族信託とは、家族の誰かに自分の財産の管理を任せるしくみです。財産をスムーズに家族へ引き継ぐ準備にも活用されます。

 

山崎さんのご家庭の場合、奥様に、金融資産のうち半分である2,500万円を遺言書で相続させると、次に奥様が亡くなった時に2,500万円のうち使いきれずに残った財産があると、また遺産分割協議の問題が出てきます。奥様が遺言書を書くことができればいいのですが、既に認知症になってしまっていると遺言書の作成はできません」

 

「自分の名前を書くのも怪しい状況です……」

 

「そうですか、やはり遺言書の作成は難しそうですね。それであれば、家族信託をしましょう。家族信託をすることで、2,500万円については、管理を長男さんにお願いできます。長男さんが管理をしますが、実際にそのお金を使えるのは、当初は山崎さん自身、山崎さんが亡くなった後は、奥様、奥様が亡くなった後は、長男さんと次男さんで折半するという信託契約を結んでおくことができます」

 

「信託契約を結べば、妻が遺言書を書かなくても、私が将来の財産の行き先を決めておけるのですね?」

 

「そうです。次男さんに相続させる予定の2,500万円についても、管理を長男さんにお願いする目的で家族信託をすると安心だと思います。長男さんに相続させる予定の不動産に関しては遺言書を書いて、それ以外の奥様と次男さんに相続させる予定の金融資産については、家族信託を結んでおくといいと思います」

 

「なるほど。そんな手があるのですね。まずは長男がどう思っているのか相談してみます」

 

相談前は悩んでいる様子だった山崎さんは、やるべきことが明らかになり、すっかりやる気に満ちた表情に変わりました。

 

山崎さんは、すぐに今回の話を長男さんと共有し、長男さんも賛成してくれたことから、すぐに公正証書遺言と家族信託の契約書作成に取り掛かりました。

生前の「意思表示」は家族を守るために必要

全ての手続きが完了してから、半年後、山崎さんから水墨画の展示会の招待はがきが届きました。

 

展示会に伺うと、「遺言書と家族信託の準備をしたから、安心して、また趣味に打ち込めるよ」と楽しそうにご自身の水墨画の作品を紹介してくれました。

 

自分が亡くなった後、今まで築き上げてきた大切な財産を、誰にどのように使ってほしいのか、意思を表していくことが非常に重要です。それにより、残された家族は、話し合いをする必要がなく、また相続手続きも格段に楽になります。

 

残された家族の負担を軽くするためにも、ぜひ遺言書や家族信託という方法を用いて、元気なうちに、意思表示をしておいていただきたいと感じた事例でした。

 

 

大野 紗代子

税理士

 

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