「母の年金で何とかなる」…55歳長男が目を背け続けた“現実”
実家で母と暮らす直人さん(仮名・55歳)は、長年、母の年金を中心に生活してきました。
母の節子さん(仮名・81歳)は、亡き夫の遺族厚生年金と自身の老齢年金を合わせ、年間約270万円を受け取っていました。月にすると約22万円強。持ち家で住宅ローンはなく、節子さん一人であれば、慎ましく暮らせる金額でした。
しかし、そこに直人さんの生活費が加わると、家計はまったく違うものになります。
直人さんは40代後半で勤め先を退職しました。当初は「少し休んだら働く」と話していましたが、再就職は思うように進まず、短期の仕事をいくつか経験した後、ほとんど働かない状態が続いていました。
「母も、最初は“無理しなくていいよ”と言ってくれていました。自分も、いずれ何とかするつもりではあったんです」
食費、光熱費、携帯代、車の維持費。直人さんの支出は、少しずつ母の口座から支払われるようになりました。節子さんも、強く責めることはありませんでした。
「親子だからね。困っているなら助けるしかないでしょう」
その言葉に甘えたまま、年月は過ぎていきました。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は月約14.9万円、可処分所得は月約12.4万円で、平均では毎月赤字となっています。高齢者一人でも年金だけで余裕があるとは言い切れないなか、成人した子どもの生活費まで支えることは、家計に大きな負担となります。
実際、節子さんの預金は少しずつ減っていました。それでも直人さんは、どこかで「母の年金があるから大丈夫」と思っていたといいます。
その考えが崩れたのは、節子さんの体調が急に悪化したときでした。
ある朝、節子さんは台所で転倒し、救急搬送されました。幸い命に別状はありませんでしたが、入院とリハビリが必要になりました。
入院費や当面の支払いのため、直人さんは母の通帳と印鑑を持って銀行へ向かいました。窓口で事情を説明し、まとまった金額を引き出そうとしたとき、銀行員は静かにこう告げました。
「恐れ入りますが、ご本人様の意思確認ができないため、お受けできません」
直人さんは、その場で言葉を失いました。
