(※写真はイメージです/PIXTA)
賑やかな「ニュータウン」だったが…
高度経済成長の熱気が残る1970年代後半。高橋勝利さん(78歳・仮名)と美子さん(78歳・仮名)の夫婦が手に入れたマイホームは、最寄駅からバスで15分ほどのところに作られたニュータウンの一角でした。抽選倍率10〜20倍のなか、見事に引き当てたものでした。
「ニュータウンが作られて、一気に入居が始まったとき。人口が急増して、駅へのバスも5〜10分おきに出るから、非常に便利だった。街には小さな子どもの声があふれていて、息子たちが小学校に通っていたころなんて、1学年5〜6クラスくらいあったんじゃないかな。商店街では毎年夏祭りが行われて、盆踊りをするんですよ。本当に楽しかった」
国土交通省『令和5年住生活総合調査』によると、高齢者世帯が今後の住まいで重視するのは、段差の解消といった「高齢者への配慮」や「地震に対する安全性」です。また、居住環境としては「日常の買物などの利便」が特に求められています。そのようななか、ニュータウンの誕生から50年近い月日が流れ、かつて活気あふれていた街は「限界ニュータウン」の様相を呈しています。
人口は最盛期の3分の1。かつて街の中に4校あった小学校は統合されて1校になり、通学路を歩く児童の姿はまばらです。何より切実なのは交通インフラの衰退でした。
「以前は不自由しなかったバスも、いまでは1時間に2本、日中だと1本しかない時間帯もあります。商店街で今も店をやっているのは理髪店と郵便局くらい。最寄りのコンビニまでは徒歩15分。スーパーは25〜30分ほど歩かないといけない。足腰が弱くなったいま、その道のりは想像以上に厳しいものです。本当に不便になりました」
町内には同年代の子育て世帯が集まっていましたが、子どもたちが独立すると、周囲の同世代は「車がないと、暮らしていけない」と、免許返納のタイミングなどで、駅前のマンションや子世帯の近くへと転居していったといいます。