2025年の市場の現実
もちろん、選挙キャンペーンは、公約やスローガンが中心であり、当選候補者の政策が実現する場合もあれば、ならない場合もあります。それは単なる政治ではなく、現実が政策に介入し、その方向性を変えることがよくあります。パンデミックや世界金融危機は、政策が予期せぬ課題に対応せざるを得なかった最近の例といえるでしょう。
また、候補者は、当選した場合に必然的に直面する問題についての発言は避けたいと考えるかもしれません。2025年の就任後に当選者が直面する最も重要な現実問題のひとつは、連邦政府の巨額な財政赤字(2023年対米国GDP比6.3%の1.7兆ドル)1、もうひとつは、2017年に可決された減税措置の期限切れです。
これまでの発言から、トランプ候補は2017年の税制改革法(Tax Cuts and Jobs Act)の完全な延長を支持する可能性が高いようです。しかし、民主党が上院で多数派を維持した場合(可能性は低い)、あるいは下院で多数派を奪還した場合(可能性は高い)、トランプ氏はねじれ議会に直面する可能性があります。
ハリス氏が大統領に就任し、議会で多数派共和党の反対に直面した場合、立法で妥協点を見いださない限り、2017年のトランプ減税のほとんどは2025年末に失効することになります。しかし、いかなる妥協法案でも、ハリス氏は、年収40万ドル未満の個人に対しては現行の課税水準を維持し、法人税率を21%から28%に引き上げることを支持しているようです。
いずれの候補者も、中期的な財政赤字削減に向けた信頼に足る計画を提示する意向はないようです。
2025年に注目されるであろうもうひとつの問題は関税です。前述の通り、トランプ氏はほぼ全ての国からの輸入品に高関税を課すことを支持しています。ハリス氏はこの問題について沈黙していますが、バイデン-ハリス政権はトランプ氏が設定した関税を維持しています。
次期大統領の任期中には、反トラスト問題も浮上する可能性があります。すでに、米国司法省はグーグル(アルファベット)に対する反トラスト法訴訟で勝訴しています。また、両候補者および政党は、企業やビジネスリーダー、有力投資家からの政治献金に大きく依存していますが、物価の高騰や不正競争、労働組合の問題などに関するポピュリストの不満が高まっていることから、両候補者は反トラスト法や競争を強化するための法整備を推進する可能性があります。
最後に、気候変動政策とそれに関連した補助金、課税、規制などを通じた投資や支出への影響は、いずれの候補が勝利した場合にも検討課題となるでしょう。トランプ氏は、代替エネルギーや電気自動車の導入に対する補助金を含む、「インフレ抑制法」の多くの条項を廃止すると公約しています。一方、ハリス氏は、これらの政策を維持し、新たな取り組みを支持することはほぼ確実ですが、新たな気候変動政策がどのようなものになるかは、まだ明らかにされていません。
投資への影響
以上の議論から、米国大統領選は投資にまず2つの影響を及ぼすと予想しています。
第一に、ハリス氏が大統領選に出馬したことで選挙戦は激戦となったため、どのように投資すべきか選挙結果に基づいて判断するには時期尚早です。また、ハリス氏の出馬は民主党の「下院票」獲得を促す可能性があります。つまり、仮にトランプ氏が大統領に再選されたとしても、ねじれ議会に直面する可能性があるということです。共和党が大統領職と連邦議会の上下両院を独占する可能性が低下したのはほぼ確実と言えるでしょう。そのため、2025年にどのような政策が打ち出されるのかを予測することはより困難になっています。
第二に、選挙でどちらが勝利したとしても、抜本的な政策変更は起こりそうにありません。今回の大統領選は2つの対立する経済イデオロギー間の争いではありません。各候補者の提案は、焦点を絞った漸進的なものであり、例えば1980年代初頭にレーガン大統領と連邦準備制度理事会(FRB)のボルカー議長が登場したときのような大きな変化ではありません。しかし、特に業種レベルでは、他に重要な要素があります。
化石燃料および製薬業界は、トランプ政権下では規制が緩和され(化石燃料)、あるいは価格設定の自由度が拡大する(製薬)可能性があるため、トランプ政権を歓迎するでしょう。ハリス氏が大統領に就任すれば、住宅建設を奨励策で促進するという目標を表明していることから、再生可能エネルギーや住宅への支援が強化される可能性が高いと思われます。
最後に、選挙や政治が長期ポートフォリオのリターンにどのような意味を持つのか、全体の状況を考慮して理解することが重要です。言いかえると、選挙や政治はそれほど大きな意味を持ちません。米国およびグローバル株式市場は、ワシントンで共和党と民主党がそれぞれ政権を握っていた時代やねじれ議会が続いていた時代も繫栄してきた一方、どの政権も相場の反落や調整、弱気相場と無縁ではありませんでした。
もちろん、時には大統領の就任とともに歴史の流れが変わることもあります。レーガン大統領の就任時がこれに相当します。時には、クリントン大統領時代に財政赤字の解消、債券利回りの低下、力強い成長など、大統領が誰にとっても好ましい結果をもたらすこともあります。
しかし、さまざまな理由から、2024年はそうした節目にはならないようです。当社の予想では、選挙結果は有権者が関心を寄せる複数の問題の行方を左右する可能性がありますが、米国経済の状況や投資ポートフォリオの全体的なパフォーマンスに対する影響は限定的と思われます。
【脚注】1.出所:米国議会予算局(CBO)