クローゼットの奥から出てきた、小さな箱とメッセージカード
ところが、筆者のもとに山田さんから「話したいことがある」と連絡があり、急遽事務所に来ていただくことになりました。
「クローゼットの奥から、こんなものが出てきたのです」
山田さんが母親の衣類を廃棄するため、ポリ袋に詰めていたところ、積み重なった衣類の下から小さな段ボール箱が出てきました。箱を開けると、その中に小さなカギのついた木製の小物入れがありました。
「箱のカギは、母のドレッサーの引き出しにありました」
山田さんが箱の中を確認すると、山田さんの名前が記載された普通預金の通帳で、2,000万円もの残高があるといいます。いわゆる「名義預金」でした。
通帳の下には、色あせた花模様のメッセージカードがあり、母親の筆跡で「由美子さんへ 母より」と、山田さんの名前が書かれていました。
通帳の記録を確認すると、山田さんが中学生のころから定期的に入金があり、山田さんが18歳のときには、すでに500万円以上にもなっていました。おそらく山田さんの父親からの養育費も含まれていると思われました。その後も、母親の別の口座から定期的な入金があり、一度も引き出された形跡はありませんでした。
「…本当にばかみたい。こんなお金があったなら、私、奨学金で苦労しなくてよかったのに。そうでなくても、母が自分の生活費に充ててくれていれば、私が30年近く、毎月送金する必要もなかったじゃないですか…」
そういうと山田さんは、メッセージカードを投げるようにして打ち合わせテーブルに置きました。
「私、高校生のときのバイト代は、全額母に渡していたんです。私がいるせいで、母が大変だと思っていましたから。お金がなくても、やりたい勉強ができなくても、仕方ないと思っていました。お金がなさ過ぎて、好きな人とのお付き合いをあきらめたこともあります」
それだけいうと、山田さんは黙ってうつむきました。
「若い時代の自由や可能性を奪わないでほしかった…」
通帳の合計金額は、山田さんの収入では説明がつかず、亡き母親の遺産以外の説明ができません。また、収益不動産と母親名義の預貯金を合計すると、相続税の申告が必要になります。万一名義預金を申告せずにいて税務調査が入れば、修正申告が必要になり、過少申告課税が加算されてしまいます。
修正申告の大半が現金・預金の申告漏れであり、その中でも名義預金は目をつけられやすいといえます。
「本当に私のことを思うなら、学生時代、必要なお金を出してほしかった。そうでなくても、私から強制的にお金を取り上げて、若い時代の自由や可能性を奪うようなまねはしないでほしかった…」
山田さんは唇をかみました。
なぜ娘の人生に必要なタイミングでお金を出さなかったのか、母親自身の生活が賄える収入がありながら、娘に毎月の送金を強制したのか、いまとなっては山田さんの母親の胸の内はわかりません。しかし、相続の場で、複雑な思いを経験される遺族の方は少なくありません。
その後、相続税の申告手続きは無事に終了し、山田さんは普段の生活へと戻っていきました。
想定外の資産が承継されたことで、山田さんの将来は、従来よりも選択肢の多いものとなるでしょう。今後の山田さんの人生が、より明るく充実したものになるよう祈ってやみません。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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