子どもがいない高齢者の相続
相続の現場では、ここ数年で確実に増えているケースがあります。それが「子どもがいない高齢者の相続」です。中でも特に難しいのが、配偶者もすでに亡くなり、相続人が“いとこ”になるケースです。
今回ご相談に来られたのは、Мさんご夫婦(60代)。15年前、Мさんの父親が亡くなった際にもサポートしたご家族です。今回は、奥さんの叔母が亡くなったとのことでご相談に来られました。
突然の連絡は「死亡後」
奥さんの叔母は母親の妹で、80代後半で亡くなりました。配偶者はすでに他界しており、子どももいないため、本来であればきょうだいが相続人となります。しかし、そのきょうだいもすでに全員亡くなっており、結果として甥姪が相続人となりました。つまり、相続人は「いとこ」8人です。
亡くなった叔母は、自身のきょうだいと疎遠になっており、Мさんの妻も10年前に一度会ったきりという関係でした。
叔母は数年前から老人ホームに入所しており、入所の手配や日常の世話などは叔母の夫側の親族が担っていたといいます。
問題はここからです。
夫側の親族は叔母の法的な親族ではないため、亡くなった際には身元引受人がいない状態でした。その結果、死亡後の対応はすべて自治体と施設が行うことになり、
・遺体の保管 ・火葬の手配 ・遺品整理
といった手続きが進められたあとになって、ようやく親族へ連絡が入ったのです。
本来の相続人は叔母のきょうだいの系統にあたる人たちですが、Мさんたちには一切連絡がなく、「相続が始まったことを知らされたのは、すべてが終わった後」という状況でした。
財産がまったくわからない
さらに問題を深刻にしていたのが、財産の中身が誰にもわからないという点です。
・自宅はすでに売却済みの可能性が高い ・金融資産(預金・株式)はあるはず ・配偶者の財産はすべてこの方が相続している
つまり、「それなりの資産がある可能性が高い」と考えられます。
しかし、その一方で、
・通帳がどこにあるのか不明
・証券口座の有無も不明
・遺言書の有無も不明
という、まさに“手がかりゼロ”の状態でした。
相続人同士の意見がバラバラ
相続人は8人。しかも全員がいとこ同士で、普段の交流はほとんどありません。
このような関係性になると、必ず起きるのが「判断のばらつき」です。
実際に出てきた意見は、
・「もう関わりたくないので相続放棄したい」
・「借金が怖いので限定承認にしたい」
・「よくわからないので様子を見たい」
といったものでした。
さらに追い打ちをかけるように、相続人ではない叔母の夫側の親族から「財産の半分を要求される」という事態も発生しました。
なぜこんな混乱が起きるのか?
このケースの問題点は明確です。それは次の3つに集約されます。
① 遺言書がない(または未確認) ② 財産の見える化がされていない ③ 身元引き受けや管理体制が整っていない
これら3つが揃うと、相続は一気に“トラブル化”します。
特に今回のように、
・子どもがいない
・配偶者もいない
・親族との関係が遠い
といったケースでは、「誰が責任を持つのか」が曖昧になりやすく、手続きが滞りがちになります。
見落とされがちな「3ヶ月の期限」
もう一つ重要なのが、相続の「期限」です。
相続には、「相続放棄」や「限定承認」を選択する期限が3ヶ月というルールがあります。
しかし今回のように、
・財産が不明
・資料が手元にない
・関係者が多い
といった状況では、3ヶ月という期間内に判断することは現実的に難しいのが実情です。
その結果、
・とりあえず相続放棄する
・何もできないまま単純承認となる
といった「消極的な判断」に陥りがちです。
実務としての正しい進め方
では、このようなケースではどのように動くべきか。ポイントはシンプルです。
① 遺言書の有無を最優先で確認 公証役場で照会すれば、公正証書遺言の有無を確認することができます。遺言があるかどうかで、その後の手続きの流れは大きく変わります。
② 財産の手がかりを回収 今回は、自治体が遺品を管理している可能性がありました。
・通帳
・郵便物
・証券会社からの通知
これらを回収することで、財産の全体像が見えてきます。
③ 判断期限の延長も視野に入れる どうしても期限内に判断が難しい場合は、家庭裁判所に「期間伸長」を申し立てるという方法があります。
これは意外と知られていませんが、実務ではよく使われている手続きです。
④ 相続方針を早期に一本化 ・相続放棄する人 ・相続に残る人
を明確にし、残った相続人で「限定承認」または「遺産分割協議」に進みます。
「半分ください」は通用しない
今回のように、相続人以外から財産の請求を受けるケースも増えています。
しかし結論からいえば、相続人でない人に財産を分けることはできません。
仮に渡す場合は「贈与」となり、
・年間110万円を超えると課税
・高額になると税率は最大50%
という現実があります。
つまり、安易に応じてしまうと“税金トラブル”を招く可能性があるのです。
実は「プラス相続」の可能性が高い
今回のケースを冷静に分析すると、・不動産はすでに売却済み ・高齢で新規借入れの可能性は低い ・株式投資をしていた可能性があるといった状況から、負債リスクは低く、資産が残っている可能性は高いと考えられます。
しかし、それでも判断できないのは「見えていないから」です。
この問題は他人事ではない
この事例は決して特別なものではありません。むしろ、今後確実に増えていくケースです。
・おひとりさまの高齢者
・子どものいない夫婦
・疎遠な親族関係
これらが重なると、誰の身にも起こり得る相続となります。
だからこそ必要なのは「設計」
今回の混乱は、いずれも事前に防ぐことができたものです。
もし、
・財産一覧が整理されていたら
・遺言書が用意されていたら
・身元引き受けや管理体制が整っていたら
相続はここまで混乱しなかったはずです。
つまり、必要なのは「相続対策」ではなく、「相続設計」です。
まとめ
今回の事例から見えてくる本質は、次の通りです。
・相続は「準備していない人ほど難しくなる」
・情報がない相続では、適切な判断ができない
・関係者が遠いほど、トラブルが起きやすい
そして何より、相続は“起きてから考えるものではない”ということです。
もし今、
・自分の財産が整理されていない
・誰に何を渡すか決めていない
・家族が手続きを進められる状態にない
このいずれかに当てはまるのであれば、それはすでに「リスク」と言えます。
相続を「争い」にするのか、それとも「安心」に変えるのか。その分かれ道は、生前の設計にかかっています。
Мさんご夫婦には、遺骨や遺品を預かり、財産の手がかりを探してみるようアドバイスしました。また、遺言書の有無について公証役場で確認するようお伝えしました。
Мさんご夫婦は、今後どのように行動すべきかのイメージが持てたと喜んでおられました。疎遠になっていた叔母であったため財産の状況がまったくわからず、どうしてよいかわからない状態だったそうですが、今回の相談で少し安心されたとのことです。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
