父親が亡くなって約20年…相続手続きが終わらない
今回の相談者は70代の姉妹、長女の鈴木陽子さん、高橋美香さんです。亡き父親の不動産の名義変更について困っているとのことで、筆者のもとを訪れました。
お2人ともご自身の相続が気になってくる年齢なのですが、2003年に亡くなった父親名義の不動産の名義変更が、まだできていないというのです。マスコミ報道等で、土地の登記に関する法律が改正されたことを知り、このままでは大変なことになるのでは、と心配しているということでした。
父親は2003年、母親はそれより前の2000年に亡くなっています。そのため、父親の相続人は陽子さん・美香さんを含む、6人の子どもになります。
家庭裁判所の検認も受けた「父親自筆の遺言書」の問題点
父親の財産は、自宅の土地と建物、あとは株と預貯金ですが、父親は自筆の遺言書を作成しています。内容は次のとおりです。
遺 言 書
遺言者山田一郎はこの遺言書により下記を遺言する。
山田一郎の株式は分割、売却することなく保有し、その配当金と預貯金を菩提寺の行事等、先祖の供養、墓所の管理、補修等に充てること。
遺言者山田一郎名義の土地、建物の全部を子供等一同の共有財産として維持して保有すること。
以上 遺言者山田一郎自らこの証書の全文を書き、日付及び氏名を自書して押印した。
2002年10月10日
遺言者 山田一郎
父親は、この遺言書を、とくにかわいがっていた陽子さんに預けていました。
「父が亡くなったあと、ほかの4人のきょうだいにも知らせて、家庭裁判所の検認を受けたんです。それで、父の遺言書は正式なものとして認められたのですが、これでは不動産の登記ができないと判断されてしまいまして…」
陽子さんと美香さんは、検認証明のある自筆遺言の写しを持参しており、筆者に見せてくれました。筆者はそれを同席していた業務提携先の司法書士に見せたところ、
「検認を受けた遺言書でも、これでは登記は難しいですね…」
と、司法書士は表情を曇らせました。
「まず〈子供等〉という表現ですが、これでは〈子供達だけ〉と特定することができません。つまり、相続人が特定できません。また〈共有〉という表現からは〈法定通り〉という解釈ができず、相続割合が不明です。そして、〈全部〉という表現ですが、通常は〈一切の財産〉と表現します。そのことから〈全部〉という表現が〈一切の〉と同義であるという解釈がなされない可能性があるのです」
「財産の共有」を指示する遺言書…効力はあるか?
財産の処分の仕方を記載するのが遺言書の目的のひとつではありますが、父親の遺言書は「自分の財産は子どもたちで共有するように」という内容のみで、分け方の方法は書かれていません。結果的に、6人の子どもたちに父親名義のまま〈共有〉された状態で、長い年月が過ぎてしまったといえます。
遺言書では、財産の分配を決めておくことが一般的ですが、陽子さん、美香さんの父親のように「自分の財産は相続人の間で共有してほしい」といった、遺産分割を禁止する内容を定めることも可能だとされています。
しかし、遺言書による「遺産分割の禁止」にも期限があります。令和3年の法改正で、相続人の合意による遺産分割禁止は10年まで、一部または全部の合意ができることとなりました。それまでは5年以内だったものが改正されたかたちです。家庭裁判所の判断による分割禁止も、同様に10年以内とされています。
本件の場合は、父親が亡くなってからすでに20年以上の年月が経過しています。陽子さん、美香さん姉妹をはじめとするきょうだい6人は、父親の意向を汲み取って財産を共有してきました。そして時間の経過とともに「遺産分割禁止」「きょうだい間での共有」という縛りが消失し、逆に、遺産分割をしなくてはならない局面になったのです。
これから遺産分割協議が必要に
父親の遺言書で手続きができないなら、相続人全員で遺産分割協議をする必要があります。
陽子さんと美香さんの上には、長女、長男、二男、三男のきょうだいがあり、父親が亡くなったときには全員健在でしたが、この20年間で、長女、長男、二男が亡くなってしまいました。そのため、長女の子ども2人、長男の子ども2人、二男の子ども3人が代襲相続人となります。三男、陽子さん、美香さんを合わせると、相続人は10人です。
父親名義の土地は100坪で、土地の5割程度の部分に母屋が建っています。父親が亡くなってからは空き家ですが、父親の遺言通りに維持するため、陽子さん、美香さんが毎月のように実家を掃除し、お墓参りもして維持しています。固定資産税等は、亡くなった父親が遺した貯金から支払っており、このお金は陽子さんが几帳面に管理しています。
敷地の一部には、三男が家を建てて住んでいることから、長男亡きあとは三男が実家やお墓を守る役割を負うべきだと、陽子さんと美香さんは考えていますが、三男は自身の健康問題を理由に、それを拒否しています。
三男もすでに80代となり、陽子さん、美香さんも70代です。いつ次の相続が起きてもおかしくありません。そうした状況で、速やかに父親の相続の手続きをしてしまいたいというのが姉妹の共通した意見なのですが、肝心の三男は、話をまとめる気力も、継承する気持ちもないため、困っているのです。
数少ない解決策も、当事者が高齢で身動きがつかず…
土地全体を売却して法定割合で分けることがいちばん公平な解決策なのですが、敷地内に住む三男はいやがり、話が進みません。
次の解決策としては、三男の家部分を分筆してその土地を相続してもらい、実家を含む土地を売却し、ほかの相続人と法定割合で分けるという方法がありますが、それも渋っているといいます。
「3番目の兄は、私たちを困らせようとしているわけではないんです。年を取って、何度か大病もして、体がしんどいのだと思います。一番上の兄が生きていたときに、きちんとしておけばよかったのですが…」
陽子さんはそういうと、うつむきました。
いずれにしても、次の相続が起きてしまったら、事態はさらに複雑化します。なにより、2024年4月1日からは相続登記の申請が義務化され、すでに先延ばしができない状況です。筆者は、代襲相続人を交え、早急に話し合いをするようお勧めしました。
「きょうだいみんなで父の言いつけを守った結果、こんな面倒なことになるなんて。父だって、こんな状況を望んだわけではないと思いますが…」
陽子さんが残念そうにいうと、美香さんは、
「だからいったじゃない。父が亡くなったとき、遺言なんか無視して、さっさと売ってお金を分けておけばよかった。あのときにまとまったお金があれば、下の子の進学も希望をかなえてやれたのに…」
と、悔しそうにつぶやきました。
陽子さんと美香さんは、まずは3番目の兄と改めて話し合いをしてみます、といって、事務所を後にしました。
筆者は今後も本件のサポートにあたりますが、上述したように、法改正もあり、かつてのように相続登記をすませないまま不動産を放置することが許されない状況となりました。今回は、父親の死から20年以上の時間が経過し、関係者が亡くなったり、高齢になったりして話し合いが困難な状況に陥ったわけですが、超高齢社会となったいま、相続が発生した段階で、相続人がすでに高齢となっており、陽子さん、美香さんのような苦労に直面することも十分考えられます。
相続は、発生してからではできる対策が限られてしまいます。発生する前から、親族間で腹を割って話し合いを行い、将来に備えることが重要なのです。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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