まずは親会社の代表を説得し了解を得るのが最善
ご相談者は子会社の取締役とのことですので、基本的には子会社の代表の了解が得られるのであれば問題なく辞任が可能です。
もっとも、一般的に子会社の代表が親会社の意向に反することはできないと考えられますので、親会社の代表の了解が得られていない以上、子会社の代表の了解も得られないとの前提で対応を検討する必要があるでしょう。
辞任届を提出した場合の法的リスク
医師からの診断書と辞任届を提出すれば辞任はできるのかという点については、法的には役員委任契約書に記載された「年度の途中において、自己都合により職務を放棄しないこと」との特約条項をどのように解釈すべきかという点が問題になります。
今回のケースでは、「年度途中」「自己都合」「職務放棄」といった特約文言の意味が明確でないことから、そもそも任期中の辞任を認めない趣旨ではないと理解する余地もあると思われます。
もっとも、仮に任期中の辞任を認めない趣旨であると理解した場合には、そのような特約が有効かどうかということが問題となりますが、実はこの点については実務上結論が出ていません。
そのため、親会社の代表の了解が得られず、それによって子会社の代表からの了解も得られない状況で仮に辞任届を提出したとしても、最終的に裁判等で辞任が有効であるかどうかが確定するまで、不安定な立場に置かれてしまうことは避けられません。
また、子会社の代表の協力が得られない限り、事実上、取締役を辞任したことの登記もできません(辞任が有効であることを法的に確定して辞任登記を会社に強制するためには、裁判手続を経なくてはなりません)。
仮に後日裁判等で辞任が有効であることが確定したとしても、取締役の辞任は登記をしない限り善意の第三者に対抗できないとされている(会社法908条1項)ため、辞任の登記が完了するまでの間、例えば会社に法令違反行為などがあった場合には、ステークホルダーに対する責任を免れず、何らかのトラブルに巻き込まれるリスクがあります(ただし、判例は後述のとおり損害賠償責任等が発生する条件を限定しています)。
以上のとおり、現実的には親会社の代表の了解が得られない限り、すぐに取締役としての責任を負わされるリスクから逃れることはできないと考えられます。
さらに、取締役会設置会社等において取締役の員数が定められている場合、取締役を辞任したことによって欠員が生じるケースにおいては、新任の取締役が就任するまで取締役の義務を免れることができない(会社法346条1項)ため、親会社の代表の了解がない限り、結局、後任取締役の選任がなされず、会社に法令違反行為などがあった場合に、ステークホルダーから責任追及を受けるリスクを免れることができないことになります。
したがって、まずは親会社の了承を得ることが最善であり、親会社の代表に対して、医師の診断書等も提出した上で辞任を必要とする理由について説明を尽くし、なんとか親会社の代表の了解を得られるよう努力すべきです。
また、一般論としては、病気療養を必要とする状態となっている取締役をそのまま地位にとどまらせることは親会社にとってもリスクがあると考えられます。
しかし、どうしても了解を得られない場合は、残っている任期、辞任届を提出した場合の法的リスク、辞任届を提出した後、登記を放置した場合の法的リスクなども総合的に考慮して、訴訟提起の可能性も含め、方針を決定することになると思われます。
役員の傷病休職制度を設けている会社は稀
退職ではなく休職という形で対応される可能性はあるのかという点についてですが、休職制度については、個々の会社毎に様々な制度が定められており、法律によって一律に規制されているものではありません。
もっとも、一般的に役員に適用される傷病休職制度を設けている会社は稀だと思われますし、取締役はその任にある限り(たとえ休職中であったとしても)会社及び第三者に対する重い責任を容易に免れることはできないことから、会社とよく話し合って、可能なのであればいったんは取締役を退任した上で一般社員として休職扱いにしてもらう方法がベターです。
ただ、そのような方法が受け容れられるかどうかも会社次第ということになります。