(※写真はイメージです/PIXTA)

EV市場で販売台数トップを誇るテスラ。充電切れなどの問題から普及しないといわれてきたEVですが、テスラはその課題をどのように解決し、カリフォルニアを中心にEVを普及させることができたのでしょうか。みていきます。

 

購買体験も車内体験もイチから刷新

テスラはEV特有の課題を解決するだけではなく、EVならではの魅力も追求している。動力源となるモーターの特性である瞬発力や高トルクを生かした走りを実現しており、例えばモデルSの場合は時速0㎞から100㎞までの到達時間は2.1秒(公称値)というスポーツカー並みの加速体験を実現している。初期のテスラユーザーはこぞってこの体験に感動しており、オーナーからよくこの自慢話を聞かされた。新しい走行体験も、テスラが選ばれる理由といえる。

 

テスラは購買体験も変革している。古典的なディーラー販売をやめ、アンテナショップによる洗練されたイメージの発信と、オンラインサイトで手軽に車を購入できるフローを整備した。米国のディーラーでは営業パーソンがそれぞれ販売ノルマを持っており、過剰な勧誘などで購買体験が損なわれることが少なくなかった。テスラはディーラーの中間マージンを排除したり、車体カラーやモデルを自由に選べるようにしたりするなど、買い物の楽しさを演出することに成功した。

 

同様にテスラは退屈な充電の待ち時間すら楽しい体験に変えた。スーパーチャージャーでの充電時間や買い物の待ち時間などに、大きな車載スクリーンと複数のスピーカーでゆったりとYouTubeやネットフリックスといった動画配信サービスを満喫できる車内体験を実現している。

 

ハンドルとブレーキペダルをコントローラーとするレースゲームやカラオケなども可能で、車内を顧客が没入できる新たな空間として変革したのだ。これまでのA地点からB地点へ移動するための手段でしかなかった車の定義を大きく変え、個室空間としての価値を生み出したといえる。

ソフトウエアアップデートによって「進化する車」

イーロン・マスクは、15年当時からモデルSのことを「タイヤを付けた洗練されたコンピューター」と呼んでいた。車がiPhoneのようにアップデートされ続けるという考え方である(図表1)。

 

[図表1]車がスマホ化する可能性

出所/シリコンバレーD-Lab第1弾リポートを改編(引用/ Los Angeles Times :Elon Musk: Model S not a car but a 'sophisticated computer on wheels') 

画像:Shutterstock

 

これは従来の自動車産業が、車をインターネットにつなげて制御することが「コネクテッド」であるとしテスラは12年のモデルSの発売時に、米国の自動車メーカーで初めて車の機能やサービスをソフトウエアアップデートで実現するOTA(Over The Air:無線接続による自動車システムのソフトウエア更新)技術を導入した。

 

テスラは、通常4週間ごとに新しいソフトウエアアップデートをリリースしている。多くが機能改善とバグ修正だが、年に数回、テスラは大規模なOTAアップデートを行うのが通例となっている。テスラ所有者には事前にメール連絡が来て、夜中の間に自動で車の不具合の修正や機能追加がされる。

 

実はモデルSの発売当時は開発が間に合わず、Wi-Fiコネクト機能が搭載されずに販売された。しかし1ヵ月後にはソフトウエアアップデートが行われ、いきなり自宅のWi-Fiにつながるようになった。

 

当時は自動車を購入した後に新たな機能が追加されることなどなかったので(地図データの更新程度)、突然のWi-Fiコネクト機能の追加はユーザーへ驚きと感動を与えた。またクリスマスにはウインカー表示をトナカイのアイコンと鈴の音に変えられるなど、遊び心も随所にあり、次のアップデートでは何が追加されるのかテスラユーザーは期待している。

 

モデルXでは、運転席に座ってブレーキペダルを踏むと、ドアが自動で閉まるというアップデートが行われたことがある。従来の考え方では、ドアの開閉機能をブレーキなどの運転機能と連動させるとなると安全性も踏まえた相当な試験や対応工数がかかるため、結果としてソフトウェアアップデートでは「対応しない」とされることが多い。

 

しかし、テスラは顧客体験の改善を優先してアップデートを実施した。ドアが自動で閉まるといわれても大したことがないように感じるかもしれないが、一度慣れてしまうと、本機能のない他の車両では物足りなさを感じてしまうようになり、じわじわとやめられないテスラの顧客体験に魅了されていく。

 

ささいなアップデートにとどまらず、テスラは大幅な機能追加もOTAで実施している。中でも、17年にモデルSに追加された「自動駐車の機能強化」には驚かされた。駐車場所の後ろの車が駐車位置をはみ出してほとんどスペースがない状況でも、テスラ車はぴったりと自動駐車できるようになり(自動駐車できる条件あり)、その動画も話題となった。

 

さらに2020年10月には、カーナビに入力された目的地まで自律的に走行する「フルセルフ・ドライビング・モード」(ドライバーは常に警戒し、車をコントロールできる状態である必要がある)のベータ版の提供もOTAで機能追加された。

 

プログラム開始当初は運転成績が極めて優秀な数千人のオーナーに限っていたが、22年9月のソフトウエアアップデートでイーロン・マスクは、ドライバーの信頼が高まったため、運転成績の範囲を拡大することを発表。オーナー16万人に提供する計画を明らかにしている。

 

こうしたフルセルフ・ドライビング・モードの安全性を顧客の運転技術をあてにした形で“実験”しながら確認していくアプローチは、自動車側で最初から完璧な安全性を担保しようとする既存の自動車メーカーとは全く異なる。

 

OTAで顧客体験を向上させるとともに、ビジネスを拡大する発想には驚きを隠せない。テスラのOTAの取り組みは、そんな時代の到来を感じさせた。

 

テスラが実践するように、モビリティ産業でもソフトウエアのアップデートが継続的に行われるようになると、ビジネスのつくり方が変化する。オンラインで顧客とのリアルタイムな接続、即時のフィードバックがされることにより、提供価値が変化していく。車のコネクテッド化で商品・サービスにかけるリソースのかけ方も変える必要がある。

 

従来、製造業は製品の商品化前までに全力のリソースを投下してきた。一方で、IT産業にとってサービスは、リリース後に顧客からフィードバックを受けながら機能の改善をし続けることが最も重要とされる。機能を強化、改善し続ける中で、顧客からの高い支持を得られるかが鍵となる(図表2)。

 

出所/シリコンバレーD-Lab第1弾リポートを改編(引用/ Los Angeles Times :Elon Musk: Model S not a car but a 'sophisticated computer on wheels') 画像/ Shutterstock
[図表2]常時アップデートに対応するためのアプローチの違い 出所/シリコンバレーD-Lab第1弾リポートを改編(引用/ Los Angeles Times :Elon Musk: Model S not a car but a 'sophisticated computer on wheels')
 
画像: Shutterstock

 

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※本連載は、木村将之氏、森俊彦氏、下田裕和氏の共著『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』(日経BP)より一部を抜粋・再編集したものです。

モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質

モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質

木村 将之、森 俊彦、下田 裕和

日経BP

2030年の自動車産業を占う新キーワード「モビリティX」――。 「100年に1度」といわれる大変革期にある自動車産業は、単なるデジタル化や脱炭素化を目指した「トランスフォーメーション(DX、SX)」ではもう勝てない。今後…

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