ノーベル賞受賞で大騒ぎする日本
■なぜノーベル賞を喜ぶのか
毎年10月になると発表されるノーベル賞の話です。世界で最も名の知れた賞のひとつです。アメリカに赴任中、あれっと思ったのは、アメリカ人のノーベル賞受賞が決まっても、アメリカの報道があっさりしていることでした。
アメリカでは発表の直後、テレビはそれなりに取り上げ、翌日の新聞も1面などで展開します。ただ、1日程度でニュースは終わります。イギリスもニュースの扱いはあっさりしているようです。しかし、日本では、日本人の受賞が決まると、メディアは大騒ぎ。連日報じます。
その後、12月には、スウェーデンのストックホルムや、ノルウェーのオスロに、本人を招いて授賞式が開かれます。日本のメディアは現地に行き、喜びなどを伝えます。アメリカのメディアは授賞式までしっかり報じるところは多くありません。
そうした理由を知人のアメリカ人に聞くと次のように言います。
「他国が設けた賞なので、アメリカ人は大きな価値を見いだしていないのではないか。他の国がつくった賞より、アメリカがつくった賞の方を大事にしているかもしれない」
アメリカ人が「自主性を重んじる」「自己中心的だ」などと言われる所以はこんなところにあるのかもしれません。
アメリカ人はメジャーリーグの頂点を決める優勝決定戦を「ワールドシリーズ」と呼びます。アメリカのメジャーリーグでトップになったチームが世界の頂点だという意味合いです。アメリカ人は、自分の国が世界一だと思い込んでいる人が多いからでしょうか。
一見、おごりかもしれませんが、一方で、自分たちが決めることに価値を見いだそうという性質を読み取ることができます。それは、アメリカという国家そのものを自分たちが創り上げたという歴史的な経緯に起因する部分が大きいのではないでしょうか。
ノーベル賞の賞金は日本円で1億円余り。これを1人でもらうとなると大きな金額です。一方、賞金を拠出する側のスウェーデン、ノルウェーは、総額で見ても比較的小さな額で大きな“PR効果”を享受しているのではないかと思います。
「伝統あるノーベル賞を決める国」という価値は、世界においてある種の権威です。具体的な数字を把握することは難しいですが、経済効果や安全保障面の効果は一定程度あるだろうと推測します。国家の戦略として実に合理的で、上手な運営をしているなと。ただ、ノーベル賞の選考基準がいまひとつ明確でなく、しっくりしない部分があるのは確かです。