(※写真はイメージです/PIXTA)

「認知症だと言われたくないから、病院へは行かない」という人も多いようですが、不安があったら専門医の診断を受けて自分なりの対策を考えるべきです。老人医療に詳しい精神科医の和田秀樹氏が著書『80歳の超え方 老いは怖くないが、面倒くさい』(廣済堂出版)で解説します。

認知症でも心豊かに暮らす人は多い

■まだ認知症の症状がないあなたが考えないといけないこと

 

認知症の早期発見や原因疾患を見極めることは可能ですが早期治療はできません。

 

がんのように、疾患原因を取り除くわけにはいかないからです。

 

認知症の薬は進行を遅らせるといわれたりしますが、あまり効かないという調査結果もあります。また、怒りっぽくなったり情緒不安定になったりするときに安定剤が処方されますが、対症療法ですし、かえって脳の機能を落とします。薬を飲んでおとなしくなるというのは、脳の機能をボーッとさせているからです。そうすると、動くのが億劫になり、脳も筋肉も退化するかもしれません。

 

はっきり言って、医者に認知症は治せません。

 

しかし、認知症を診てくれる医者は必要です。

 

なぜなら、介護保険の意見書は医者が書くからです。介護保険を申請するとき、また、更新や区分変更のときに医者の意見書が必要なのです。その意見書に医者は病名として認知症と書きます(認知症専門医でないと原因疾患を書けないからです)。

 

普段から家族の話を聞き、本人をよく診ている医者なら、意見書に病名のほかに詳しい状態や本人の困難さも書いてくれるでしょう。

 

そのほかに医者が認知症で役に立つのは、本人や家族の不安にアドバイスをしてくれたり、ほかに相談するところを紹介してくれたりすることでしょう。しかし、そういう医者は少なく、看護師さんや相談員のほうが話を聞いてくれるかもしれません。

 

つまり、認知症の状態になると役所や家族が「病院へ行け」というのは、病名をつけてもらうためで、治すためではないと思ったほうがいいということです。

 

それでは、認知症の進行を少しでも遅らせるためにはどうすればいいのでしょう。

 

認知症は、キュア(治療)からケアへという流れの最前線にある疾患です。ケアというのは、世話や介護と訳されますが、手入れや寄り添うことも含まれる大きな意味があると考えてください。

 

セルフ・ケアは自分のことをいたわることであり。セルフ・ネグレクトは自分へのいたわりを放棄したという意味になります。

 

ケアは、単に介護を受けるという受動的な意味ではなく、自分をケアしていくという能動的な意味でもあり、ケアをされる人との交流も含む流動的な意味合いもあります。

 

医療のキュア(治療)が望めないとなると、認知症は不治の病かと怖がる人が多くいますが、認知症の症状が出るのは長生きした人間の当然な結果なのですから仕方ないことです。

 

90代でも研究をしたり文章を書いておられるすばらしい方もいますが、そういう人でもたくさんのケアを受けて仕事をしていることが多いのです。物忘れはひどいし、いまのことも忘れる等の困難さはあっても、家族やヘルパーさんに支えられて仕事をしている人もいます。

 

このように、認知症になっても心豊かに暮らす方は大勢います。

 

自分なりの人生をどう送りたいか、認知症と診断されても初期のうちでしたらどんな意思表示だってできます。それ以上に、認知症は85歳になれば半数近くの人が罹患する病気なのですから、その後、どんなふうに生きたいかを決めておくほうが納得のいく人生を送れる可能性は高くなると思います。

 

まだ認知症の症状がないあなたが考えないといけないことは、認知症になったらどういうケアをしてもらいたいか、自分はどういうケアを自分に対して行っていくかです。

 

よりよく生きていくために、「認知症になったらこういうケアをしてほしい」というのは、どう生きていくかの要になります。そのケアがまったく人任せというのは感心しません。自分でも調べて勉強していく必要があると思います。

 

「認知症にはならない」「認知症になったら、わけがわからなくなるから、どうでもいい」

 

そんなことを考える方もいらっしゃいますが、何度も言いますが、認知症はゆっくり進行します。支援があれば、自立していられる時間も長いのです。

 

そしてあなたの状態に合う良好なケアがあれば、認知症であろうと脳梗塞であろうと、あなたの生活の質は高まるでしょう。

 

いつまでも元気にいることも大事ですが、自分がどうケアされ支援されていくかを少しずつ考えていくこともとても大事なのです。

 

和田 秀樹
和田秀樹こころと体のクリニック 院長

 

 

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本連載は和田秀樹氏の著書『80歳の超え方 老いは怖くないが、面倒くさい』(廣済堂出版)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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