「物語を語る」と人の理解は深まる
■ストーリーテリングとは「物語を語る」こと
ストーリーテリングは、英語のStorytellingをそのままカタカナにした言葉ですが、読んで字のごとくいわゆる物語を語ることです。
おとぎ話や偉人伝、創業者の話、自分の思い出話などを語ることは、みなストーリーテリングの一種です最近でこそ、映画やTV、インターネット・YouTube等いろいろなビジュアル媒体が使われていますが、それは、20世紀になってからのことで、我々人類は、まだ文字のない原始時代から、言い伝えの形でストーリーテリングを使ってきました。
あっちに行ったら川があって、獲物の魚や動物たちがいっぱいいたぞとか、向こうは崖になっていて危ないぞとか、この用水は、昔の人が手掘りで掘って、近くの川から引いたもので、その人たちのお陰でこうして水田が作れるのだとか、いろいろなお話があります。それを語るのがストーリーテリングです。そして、私たちは、語られた物語を聞くことによって頭の中にイメージを形成し、ビジュアルに理解してきたのです。
絵本には、絵が描いてありますが、あれは、小さな子供はまだ経験が少ないので、言葉で表現されたものだけでは、頭の中にイメージを湧かせにくいため、イメージを掴みやすいように、絵を添えてあるわけです。
最近は論理的思考、データ分析が流行っていますが、それは、事実や論理を大脳新皮質で理解するのには役立ちますが、イメージや感情は湧かせにくいので、それだけでは人を動かしにくいのです。
人間、理屈分かりする部分は、左脳的な機能がつかさどっていますが、意思決定中枢は、感情などが湧き起こる大脳辺縁系にあると言われていて、「嬉しい」とか「欲しい」とか「やばい」等の感情が湧き起こらないとなかなか行動に繋がりません。その感情が湧き起こるためには、理屈だけでなく、右脳的機能がつかさどるイメージや大脳辺縁系がつかさどる共感といったものが必要となります。
そうした要素がストーリーテリングには含まれているのです。ですからストーリーを聞いて心が動かされ、行動に結び付くことがあるのです。最近流行りのクラウド・ファンディング等も資金を募る人の想いや活動のストーリーに共感してお金が集まってきているわけです。
近年、この古くから行われてきたストーリーテリングの効果が見直されるようになってきています。 なぜなら、ストーリーテリングには、①感情や②論理、そして③イメージという人の説得、人を動かすのに重要な要素がすべて入っているからです。そして、そのストーリーに嘘偽りがなく、④語っている人が信頼できれば、4つの要素がすべて揃うことになるのです。
最近、ナラティブアプローチという手法も出てきました。ナラティブというのは、英語のnarrative(物語・語り口)から来ていて、心理療法等のカウンセリングの現場で使われてきています。患者自身に患者サイドの物語を語ってもらうことで、客観的な事実よりも、患者がどのように自分の置かれた状況を「解釈」しているか、また、周囲の人のことをどう「思って」いるか等が分かってきます。そしてそのことにより、本人自身が悩みごとの原因を見つけたり、解決の糸口を見つけたりすることにも繋がります。
最近この手法がコーチングなどビジネスでも使われるようになってきています。このナラティブアプローチにも、物語を語るという意味で、ストーリーテリング的な要素が使われているわけです。
井口 嘉則
オフィス井口 代表