再建を可能にしたJALフィロソフィーの共有
■価値観を伝える「語り方」
どのようにして、企業理念などの価値観を伝えたらよいのでしょうか。もうすでに読者の皆さんにはおよそ見当がついていると思いますが、その価値観を体現したエピソードを伝えていけばよいのです。
一番良いのは、松下幸之助や本田宗一郎の私の履歴書にあったような、創業者本人のエピソードを伝承するということですが、必ずしもそういうものがない場合は、過去会社が行った取り組みや、個人の行いでも、該当する話を見つけてまとめても構いません。
例えばJALでは、経営危機に陥り、京セラ創業者の稲盛さんが立て直しに入り、京セラフィロソフィを参考にして、JALフィロソフィをまとめさせました。
JALのホームページにも掲載されていますが、私は初めてそれを見た時には驚きました。第1部と第2部に分かれていて、第1部は、「素晴らしい人生を送るために」となっていて、そもそもの人生論から入っているのです。人生の成功の方程式まで書かれています。そして第2部になって初めて「素晴らしいJALとなるために」と、ここからJALの話となっています。
JALでは、この理念をただ制定しただけではなく、その後浸透活動を続けています。
どのようなことを行っているかというと、四半期に1回職務横断的なグループで理念研修を受け、理念にまつわる体験や思いを語り合っているということです。パイロットやキャビンアテンダント、整備係、地上係などのいろいろな職種の人たちがいるのですが、部門横断的なグループになって、自分たちの体験や思いを語り合っているようです。
その中では、例えば次のようなエピソードが語られます。
<JALフィロソフィ第2部第3章「心をひとつにする」の中の「ベクトルを合わせる」について、あるキャビンアテンダントからの話
「2011年夏のフライトで、インドネシアのジャカルタからの帰国便に乗務していたとき、ある乗客と会話を交わしていると、父親が亡くなり、急きょ日本に帰るためにその便に飛び乗った」とのこと。キャビンアテンダントは語る。
その方は石川県の小松空港までお乗り継ぎだったんですが、「ジャカルタ空港で小松行きのフライトを予約したのだけれど、午前の便が満席で午後便しか空いていない。小松に着いたら、たぶん夕方になってしまう」と、大変困ってらっしゃいました。そのお話をお伺いして、何かできないかなと思ったんです。遠く離れた海外で身内の方の訃報を聞いて、どんなお気持ちでお乗りなったんだろう、と。
それですぐにコクピットに行き、キャプテンに話をしました。すると「それは本当になんとかしてあげたい、やってみましょう」と快く引き受けてくれて、機内の通信機器を使って、「なんとか一席予約を取れないか。午前中のなるべく早い便を」と、地上の予約部門に連絡をしてくれたんです。結局、フライト中は席では取れたかどうか回答が得られず、お客様にお伝えすることができませんでした。
それで、到着したら地上係員のところにご案内して、引き継ごうと思っていました。そうして成田に着いて扉を開けたら、とたんに地上係員から「チーフ、取れました。小松行き、OKです」という声が飛び込んできたのです。すぐさま、お客さまにお伝えしたら「本当にありがとう、ありがとう」とおっしゃって少し涙を浮かべながら降りていかれました。
以前のJALであれば、おひとりのお客さまの乗り継ぎのために、キャプテンがそういう通信機器を使うことも、それを受けた地上係員がそのお客様のために一席予約を取るということも難しいことだったと思います。しかしこのケースでは、目の前のお客さまのためになんとかして差し上げたいというキャプテンと私、キャプテンと地上係員のベクトルが、ぴったりと一致して実現したのだと思うのです。キャプテンの協力もさることながら、深夜の人手の少ない中で小松便の予約をしてくれた地上スタッフに、とても感謝しています。」
原英次郎著『心は変えられる』(ダイヤモンド社)より>
いかがでしょうか。「ベクトルを合わせる」という理念のキーワードに関連したキャビンアテンダントの体験的エピソードが感動的に語られています。これにより、「ベクトルを合わせる」という概念的な言葉の持つ意味合いが非常にビビッドに伝わってきますね。
何も創業者でなくとも、また経営者でなくても一従業員の体験が、理念の言葉を深く浸み入らせるのに有効であることがお分かり頂けると思います。
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