Q2. 特許切れに対し、エーザイが講じていた対策は?
大手町さん「ちょっとしたケーススタディーをやってみよう。特許切れ対策は製薬会社にとって切っても切れないものなんだけれど、ここに対して、エーザイはどのような対策を講じていたか、考えてみよう。」
学生くん「対策かぁ。どんなものがありますかね…。メインの商品がなくなっちゃったとして、いきなり他の事業に手をつけるなんてことは考えられるんでしょうか? 製薬を生かしてITビジネスに参入するとか。」
投資家さん「なくはないだろうけど、ストレートに考えるなら、一番近道なのは新しい商品を作ることだよね。ただこれは普通のメーカーの話。『開発を始めます』とひとことで言っても、新薬だったら実を結ぶまでに相当な時間がかかりそうではあるよね。」
営業さん「うーん、一番現実的なのは、既存商品に代わる新薬の開発ですよね。製薬の会社がいきなり鉄道をやりますとかはあり得ないでしょう。」
銀行員さん「もう研究開発体制は整っているわけですもんね。」
学生くん「ゼロから新薬の開発なんてどうしても時間がかかってしまうんだから、パテントクリフに間に合わせるためにスピードを上げなければいけないんですよね。」
大手町さん「うん、では、スピードを上げるための施策として何をすると思うかな?」
投資家さん「経営的には自社開発できるのが一番いいだろうけど、もしそれが難しいなら、他社から開発や販売の権利を得るという手も考えられるんじゃないかな。もしくは、すでに新薬になり得る種を持っている会社を買収するとか?」
営業さん「なるほど! それなら本業の新薬開発で勝負できますし、パテントクリフに間に合わせて発売できたら大きいですね。」
大手町さん「色々出てくるね。このように、数字を見る前に仮説を立ててみることはとても大切だよ。では、エーザイが実際にはどのような対策を講じていたのかは、決算書を通して見ていこう。」
キャッシュ・フロー計算書の推移から異常値を見つける
特許が切れるということは事前にわかっていました。では、エーザイは一体どんな対策をしていたのでしょうか。
企業が将来に向けたアクションを取る際は、その動きが現金に表れることが多いです。そのため、キャッシュ・フロー計算書(C/S)の数値を確認してみましょう(図表6)。
エーザイのキャッシュ・フロー(C/F)の推移を見てみると、2008年が明らかに飛び出していますね。つまり、この年を異常値と認識できます。
2008年だけ財務活動によるC/Fと投資活動によるC/Fが大きくなっています。つまり、多額に資金を調達してそのまま投資に回しているのが、この2008年です。
この年は、主力製品の特許が切れる2011年のちょうど3年前に当たります。しかし、この投資判断をしたのは2007年でしょう。つまり、特許が切れる4年前です。ここでどのような判断をしていたのか、当時の決算資料を見ていきましょう。
この時期に何をしていたのかを見てみると、2008年に米国のMGIファーマというオンコロジー(抗がん剤)領域の新薬メーカーを約39億ドルで買収しています。
当時のC/Sには、この動きがまさに大型買収の現金の動きとして表れています(図表7)。財務活動で多額に資金を調達し、その集めたお金を使って買収資金に充てているという動きです。
営業さん「なるほど! 主力製品が失われる前に、次の主力製品に繋がるアクションを事前に行っているのですね。」
大手町さん「その通りだよ。エーザイは次の主力製品を育てるために、市場成長率の高いがん治療薬の開発に着手しようとしたんだ。でも、新薬の開発には当然時間を要するよね。だから、すでにがん治療に知見のある企業を買収し、開発スピードを早めようとしたんだ。」
エーザイは次の主力製品を育てるために、市場成長率の高い分野に主力製品を持ちたい願望・狙いがありました。そのため、がん治療薬(いわゆるオンコロジー領域)に新たなキラー製品を作りたいと考えます。
しかし新薬の開発には当然時間がかかるので、すでにがん治療の知見がある企業をM&Aで買収して開発のスピードを上げにいったということでしょう。
新薬の開発には長期を要するので、すでに製品を持っていたり、後期開発品を持っている会社の買収を行うことで、次の看板製品開発までのリードタイムを稼いだというような動きです。
では次に気になるのは、このパテントクリフに次の製品が間に合うのかという点でしょう。