(※写真はイメージです/PIXTA)

ロシアへの経済制裁は必ずしも効果を上げていないようです。通貨ルーブルは急落しましたが、4月以降上昇に転じ、現在は侵攻前の水準に回復しています。ジャーナリストの田村秀男氏が著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

ロシアが崩壊しないのは資源があるから

国際貨物輸送の船舶保険の元締めはロンドンに本部のあるロイズ保険組合ですが、ロイズは不慮の船舶事故のリスクに応じて再保険料を設定し、巨大な収益を稼ぐ自由市場機構です。

 

石油輸入価格を基準にして保険の提供の適否を決める制度設計ではありません。国際政治上の対立からは中立の立場であり、G7要請においそれと応じるとは考えにくいのです。

 

上限設定の有無にかかわらず、G7のロシア石油の段階的な輸入削減に漁夫の利を得ている輸入国の代表は例によって中国です。

 

先にも触れましたが、中国が最も恐れているのは西側による二次制裁です。中国の金融機関や企業はロシアとの取引拡大に表向き慎重姿勢を貫いています。2022年の4月から6月までの対露輸出総額は前年同期比で17パーセント減りました。が、だまされてはいけません。

 

輸入は同64パーセント増で月を追うごとに加速しています。最大の輸入品目は原油で、3ヶ月合計で156億ドルに上り、同79パーセント増です。輸出に対する輸入超過額は3ヶ月計158億ドルにもなります。

 

ちなみに2021年のロシアの国防支出は484億ドル、原油輸出総額は1100億ドルです。このままのペースだと輸入超過額は年間で632億ドルとなり、ウクライナ戦で嵩むロシアの国防支出の財源の多くを中国が実質的に提供することになりそうです。

 

中国のロシア原油輸入量はロシアのウクライナ侵攻に伴う西側の対露制裁以降、急増の一途です。中国税関統計によれば、5月は日量200万バレルを超え、2月より4割以上増えました。バレル当たりの単価は5月で92ドル、前月に比べ6.5ドル下がっています。高止まりしている石油輸出国機構(OPEC)統計の国際原油相場114ドル超よりも20ドル以上安い。

 

つまり、中国のロシア産原油価格はすでに国際標準相場よりも2割近く安いということです。ロシア産原油の輸入上限価格設定は、中国には痛くもかゆくもないのです。

 

金については、中国の富裕層の渇望が絶大なうえに、中国人民銀行は対外準備資産としての金保有を増やそうとしています。ロシア産金がロンドン市場から締め出されると、中国は買いどきと判断して安値で大量購入することが目に見えています。つまり、石油、金とも西側が対露制裁をすればするほど、中国には有利になる仕掛けになっているのです。

 

中国向け石油輸出増に応じて、ロシア側は人民元建て資産を積み増しています。ロシア政府統計によれば、石油輸出収入を財源とする政府直営の国家福祉ファンドは5月に人民元建て資産を458億ドルとし、3月から一挙に168億ドルも増やしました。中露双方の情報統制のせいか、両国の経済関係緊密化を示す公開データは以上にとどまりますが、中露協調は着実に深化しています。

 

さて、無力な西側の対露制裁を端的に表すのがグラフ1―③です。

 

出典)田村秀男著『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックス【PLUS】新書)より。
出典)田村秀男著『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックス【PLUS】新書)より。

 

ロシア軍がウクライナ国境を越えた2月24日以降、日米欧は金融制裁に踏み切り、ロシアの通貨ルーブルは急落し、ロシアの金利も大幅に上昇しました。

 

ところが、ルーブルは4月以降上昇に転じ、6月下旬にルーブルの対ドル、ユーロ相場はウクライナ侵攻前よりも高くなっています。金利も侵攻前の水準に戻りました。物価は高水準ですが、峠を越えたようです。

 

2月下旬時点で約6400億ドルだったロシアの対外準備は、6月下旬までに600億ドルほど減ったあと、下げ止まっています。外準減はルーブルの買い支え市場介入に伴いますが、もはや介入も最小限で済んでいます。

 

ロシアの外貨資産の安定した運用に協力しているのは中国です。前にも述べましたが、中国はロシア石油と穀物の輸入を急増させているばかりでなく、約1000億ドル分のロシア外準を預かり、ルーブル相場下支えに協力しているのです。

 

サミット声明は、中国に対しウクライナからの即時撤退をロシアに求めるよう要請していますが、ただ言ってみましただけの感ありです。「対露協調をただちに止めないと二次制裁を検討する」との警告付きでないと、習政権は動じないでしょう。

 

ウクライナ侵攻による経済制裁によって、長期的にロシアの経済が低迷することは避けられないでしょう。IMF(国際通貨基金)などの予測でも、軒並みマイナス成長になっています。それでも崩壊しないのは、資源があるからです。

 

ただ、エネルギー偏重の経済から脱して製造業で国を支える体制をつくりたいという、初代大統領のボリス・エリツィン以来の悲願は、さらに遠のくことになります。日本からもトヨタ自動車や日産自動車などが工場を稼働させていましたが、ウクライナ侵攻直後に事業を停止し、日本人社員も帰国しています。

 

日本企業をはじめ西側諸国がロシアに戻って事業を再開し、ロシアがエネルギー偏重から脱するには、かなりの時間がかかることは間違いありません。

 

田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員

 

 

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本連載は田村秀男氏の著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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