(※写真はイメージです/PIXTA)

新自由主義の転換と働き手への分配重視、さらに家計の負担を減らす政府の消費税減税が必要になるはずですが、岸田流「新しい資本主義」はどこへ向かっているのでしょうか。ジャーナリストの田村秀男氏が著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

岸田首相は新自由主義の見直しを口にしたが

■岸田政権の空虚さ

 

自由民主党総裁の岸田文雄氏が第100代内閣総理大臣に任命され、岸田政権がスタートしたのは2021年10月4日でした。そして岸田首相が掲げたのが、「新しい資本主義」です。首相官邸ホームページの「岸田総理からのメッセージとして」、新しい資本主義について首相自身による次の説明が掲載されています。

 

<私が目指すのは、新しい資本主義の実現です。成長を目指すことは極めて重要であり、その実現に向けて全力で取り組みます。しかし、「分配なくして次の成長なし」。成長の果実を、しっかりと分配することで、初めて、次の成長が実現します。大切なのは、「成長と分配の好循環」です。「成長も、分配も」実現するため、あらゆる政策を総動員します。>

 

2022年6月7日には、「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ〜課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現〜」(骨太方針2022)を閣議決定しています。しかし、その新しい資本主義で日本が変わるのかどうかは、かなり怪しいところです。

 

新しい資本主義とは、競走優先の新自由主義を廃棄して、「分配」を重視するということらしい。分配を増やすことで消費をはじめとする経済活動を活発にし、それが成長につながる、と言っています。かなり、教科書的な理屈でしかありません。

 

新しい資本主義では分配が核になるはずなのですが、どうやって分配を増やすのか曖昧です。政治判断だけで動かしやすい国会議員や公務員の給料だけを上げてみても、それだけでは経済の好循環にはつながりません。国会議員や公務員はあくまで少数派にすぎないからです。

 

分配を増やして経済の好循環につなげるには、民間で働く人たちの分配を増やさなくてはいけません。働き手の給料が上がれば消費も増えて、その需要を満たすために供給を増やさなければいけないので企業活動も活発になります。経済の好循環につながるわけです。しかも「分配を増やせ」というのは、岸田政権が初めてではありません。2012年12月発足の安倍晋三政権もそう呼びかけていました。経団連に賃上げを訴えていたのです。その結果はどうなったでしょうか。

 

グラフ7―①は、従業員報酬と利益剰余金とその割合の推移です。目立つのは、企業の内部留保の急増ぶりです。従業員報酬はざっと見ると大きな変化はないように見えます。

 

出典)田村秀男著『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックス【PLUS】新書)より。
出典)田村秀男著『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックス【PLUS】新書)より。

 

2012年度には156兆円だったのが、2018年度は167兆円に増えましたが、2021年度は160兆円と下がりました。

 

じつはこの従業員報酬の対利益剰余金比が急速に下がりつづけているのが問題なのです。2012年度に55パーセントだったのが、2021年度は32パーセントに落ち込んでいます。この間の増加額は利益剰余金215兆円、従業員報酬4.1兆円で、利益剰余金が圧倒しています。

 

「内部留保」と呼ばれる利益剰余金は株主資本の最大構成項目です。つまり産業界の言う分配とは株主向けであり、対従業員だとはとても言えません。日本の実体経済を支えるのは家計消費で、家計消費を支えるのは働き手の給与など報酬です。株主資本が増えても国内総生産(GDP)は増えません。

 

会社は株主のものだから、大事なのは株主価値を高めることです。そのために利益準備金を財源としてM&A(企業買収・合併)や自社株買いにより株価を上げる。これが市場原理主義の強欲モデルですが、その本場の米国でも反省機運が高まっています。

 

従業員への分配をしないようでは、国が衰退し、結局、企業を弱体化させるからです。

 

岸田政権はまだ発足して1年にも満たないので、その成果ははっきりとデータにはでてきませんが、経団連など経済界に対し、働き手への分配を増やさせる強い意志は感じられません。岸田首相は新自由主義の見直しを口にしましたが、株主重視偏重こそ、新自由主義のコアです。

 

新自由主義の転換と働き手への分配重視、さらに家計の負担を減らす政府の消費税減税はセットになるはずですが、岸田首相はそれに構わずです。これでは「分配重視」は口先だけに終わりかねません。

 

ほんとうに新しい資本主義をめざすのなら、岸田首相は強い決意を表明すべきでしょう。首相自身が口にしなくても、与党の幹部や財務相に、「賃上げしなければ利益剰余金に課税もあり得る」と、言わせてみればよいのです。

 

円安で企業業績は上がっています。2022年3月期連結決算において、本業の儲けを示す営業利益でトヨタ自動車は、6年ぶりに過去最高を更新しました。

 

そのトヨタ自動車は、2022年春闘で労働組合の要求に満額で回答しています。「満額回答だからすごい」と思うかもしれませんが、6年ぶりの過去最高の営業利益なのですから、もっと大幅な賃上げであってもいいはずです。

 

しかし、そうはなりません。社長の豊田章男氏が「国内生産重視」を口にするトヨタといえども、会社は株主のものという日本の産業界の風潮に流され、収益が増えてもまずは利益剰余金に回すのです。

 

グラフ7-①の従業員報酬の対利益剰余金比率の低下が示すように、トヨタ自動車だけでなく、経団連の会員企業をふくめ産業界はすべて同じです。岸田首相の「新しい資本主義」は空疎で、大企業経営者には馬耳東風同然と言っていいでしょう。もとより、この風潮を改めて日本経済全体を絶対に良くするんだ、という信念のようなものが、岸田首相にも大手企業にも欠けていると言わざるを得ません。

 

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