ドラマが上書きした現実は「大統領」だけではない
なおウクライナ戦争が始まって以降、オレクシー・アレストーヴィッチという大統領府長官顧問が記者会見に毎日出てくる。彼も元コメディアンであり、かつては女装で笑いを取っていた人物だ。
アレストーヴィッチはジョージア(旧称・グルジア)生まれのウクライナ人で、キーウ国立大学を卒業し、俳優になった。またカトリックの高等教育機関で神学を学んだ。その後、ウクライナ軍の諜報部門で勤務した。ゼレンスキーの側近のほとんどが、ドラマ「国民の僕」に出てきたスタッフによって固められている。
なお22年5月から、Netflixで日本語字幕つきのドラマ「国民の僕」が配信されている。興味がある読者は観賞してみるといいだろう(特に第3シリーズ)。
ヨーロッパ最貧、政治は腐敗…改革を求めたウクライナ
1991年12月にソビエト連邦が崩壊した当時、ルーブル(ソ連の基軸通貨)は紙切れ同然になり、92年にロシアでは2500%というハイパーインフレになって経済は崩壊した。ウクライナは新通貨を導入したが、93年のインフレ率は4700%になった。ロシア経済もウクライナ経済も破滅的な状況に陥り、ポスト冷戦の時代がスタートした。
ところがその後、ロシアとウクライナの経済格差は大きく広がる。ロシアの一人当たり名目GDP(国内総生産)は、1万1273ドル(146万4000円)だ(2021年、JETRO=日本貿易振興機構の公開情報による)。それに対して、ウクライナの一人当たり名目GDPは3726ドル(48万4200円)でしかない(20年、世界銀行)。
ウクライナの人口は4159万人(21年、クリミアを除く/外務省 基礎データ)だが、ロシアには1億4617万人(21年、JETRO基礎統計。ロシア連邦国家統計局による)もの人口がいる強みもある。
ヨーロッパにおける最貧国グループに属するウクライナでは、トップによる腐敗と汚職が蔓延してきた。政権が替わるたび政治も経済もガタガタし、国家体制をまともに構築できない。
「チョコレート王であり、ガラス王であり、造船王でもあるポロシェンコは、私腹を肥やすばかりで国民のための政治をやろうとしない。民衆の声を反映する政治を実現するべきだ」
ゼレンスキーは本気でそう思ったからこそ、大統領選挙に出馬した。
ポロシェンコ政権が存続する限り、ウクライナの問題が何ひとつ解決しないことは明らかだった。平和と経済復興を願う民衆の望みによって、ゼレンスキー大統領は必然的に誕生したのだ。問題は彼が手がけたその後の政治だった。