還暦を過ぎても記録が伸びるという現実
■還暦ベンチプレッサー
パワーリフターのなかでも特にベンチプレス競技だけに特化したトレーニーを「ベンチプレッサー」と呼ぶ。多くのトレーニーに「種目は何が好きですか?」と訊けば、ベンチプレスと答えるはずだ。私もそうだ。多分、スクワットほど苦しくはなく、デッドリフトより目の前にしたバーベルと「戦っている」気分が味わえるからだろう。いちばん楽しいトレーニングだ。しかし、これを専門とするベンチプレッサーにとっては、もっとずっと繊細で知的な競技のようだ。
ベンチプレッサーのNさんは現在67歳。競技歴は30年以上と長い。県大会などでは150〜160㎏を上げて優勝してきたが、還暦を過ぎて全国大会のシニアクラスに出場するようになってからも、記録が伸びたというから驚きだ。
「でもバーの上に虫1匹とまっても上がらなくなります」という。
無論、虫の重さではなく、1回だけ上げるその瞬間に集中力を張り詰めているということだろう。練習方法もボディビルダーとは違ってセット数はあまりこなさない。休憩を長く取り、重いウエイトを4、5回だけ上げるのが基本だ。
「フォームが悪い人が多いですね。正しいフォームで正確に上げること。若いと高重量でも勢いで上げられますけど、それでは50代、60代になると続けられませんから。ベンチプレスは筋肉以上に脳を使う知的な競技なんです」
実はNさん、63歳のときに急性心筋梗塞で倒れ、2回の手術を受けている。体重は一気に17〜18㎏も落ちたが、それでも退院した翌日には練習を再開して医師を驚かせた。現在は心拍計で心拍が上がり過ぎないよう注意しながら練習を続けている。
心臓に負担をかけぬように、という重さが80〜90㎏。十分過ぎるほど凄いけど……。ベンチプレスのいちばんの楽しみは何ですかと訊いた。「若さを取り戻す喜び」と答えてくれた。多分、ベンチプレスが心筋梗塞に打ち克つ体を作った、そして再びベンチ台でバーベルに向かう気力を養ってくれたと、心から実感しているのだろう。
ちなみにベンチプレス競技は判定の基準が細かく、そのルールもたびたび変更されることで有名だ。以下、基本的な流れだけ紹介しておく。
バーベルをラックから外し保持する。主審の「スタート」の合図を待ってバーベルを胸につける。「プレス」の合図で差し上げ「ラック」の合図を聞いてバーベルをラックに戻す。主審が声をかけるタイミングが人によっていろいろで難しいという。高重量なだけに、腕を上下するわずかなストロークのなかにも、全身を使った繊細な動きが要求される。
いろいろなトレーニーと競技を紹介した。筋肉は盆栽と言いつつ、ただ美しさを競うだけではない。パワー系に向いている人もいるだろう。日々少しずつ力が増していくことを実感できるのはいくつになっても楽しい。
城 アラキ
漫画原作家
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