『くたばれGNP』の発想で本当にいいのか?
ところが翌年は財政を引き締めてしまい、消費税の増税までやってしまいました。これは大失敗です。財務省の仕業ですが、この財務省のロジックを政治家が跳ね返せなかったことが最大の問題です。
跳ね返せない理由のひとつは世論でしょう。とくに学者です。財務省の考えに近い学者が主流になっていることです。これらの学者たちがメディアを使って(と言っても大体『日本経済新聞』や『朝日新聞』なのですが)いつも均衡財政論をぶちます。
財政均衡、つまり政府の予算で経常収入(租税や印紙収入など)が経常支出(最終消費支出や移転支出など)と相等しくなくてはいけないと主張するのです。そのため消費税の増税はしなければならない、財政支出は削減しなきゃいけない。そうすれば財政は均衡するとばかり言っています。それで日本国民に「しゃあないな」という雰囲気にさせているわけです。財務官僚は百も承知でもそれに乗っかっています。
だから政治家が景気回復して希望の持てる社会にするために「どんどん財政出動しろ」「金融もガンガン緩和しろ」などと主張しても、有権者から「お前、無責任なこと言うな。国家財政が破綻したらどうするのだ」と反発される場合が多いのです。
■『くたばれGNP』
公害問題最盛期の1971年に朝日新聞経済部編で『くたばれGNP』(朝日新聞社刊)という本が出て、結構売れました。この本は、経済成長は大気汚染、水質汚濁、土壌汚染などの公害を引き起こし、環境破壊ばかりするからよくないという論陣を張っていました。
しかし日本人は「公害がそんなにひどいなら、解消しようじゃないか」と、財界も国も自治体も、みんなが一生懸命に対処しました。その結果、かなり解決しています。例えば水俣病の発生した熊本県の水俣湾はいまでは県下でもきれいな海のひとつに数えられ、泳いだりするのには何も心配ないとされていますし、魚の安全性についても他の海域と同様になったと、1997年に熊本県知事が安全宣言をしています。
人類はそこまでできるのです。だから「くたばれGNP」と言って、GNP(GDP)を殺して経済を縮小させてしまったら、逆に何もできなくなります。いい例があります。環境問題がいちばんひどかった国はどこかというと、旧東ドイツです。
ベルリンの壁が崩壊したあとの1990年、東ドイツに取材に行ったことがあります。東ベルリンに入って、自治体の要人に取材しましたが、いちばん頭を抱えてたのは環境問題でした。「どういうことだ」と聞くと、西ドイツの企業が東ドイツに来ようとしない、土地を買収してくれないとのこと。土壌汚染がひどくて処理費用が非常に高いからだということでした。
要するに、共産圏での生産手段は公有制で労働者階級のものだから大事に管理されたかというと、逆でした。公害対策の投資をしなかったというか、経済が成長しなかったからお金がなくてできなかった。すべて放ったらかしだったのです。有害な産業廃棄物が出ても処分できないから、そのまま土に埋めたりしていた。
先の『くたばれGNP』の発想だと、公害問題解消には工場さえ止めればいい、経済成長を止めても環境を守れということです。しかしながら、従業員もいるし、地域経済もあるし、何よりも公害を出していた工場には操業継続の条件として環境対策投資をさせる。利益を上げてこそ、環境投資の回収が可能になるのです。
工場を止めるだけでは、何の解決策にもならないどころか、地域経済は打撃を受け、有害排出物はそのままという、かえって悪いことを奨励していることになります。経済成長と公害投資(いまで言えばSDGsでしょうか)を両立させる発想こそが必要なのです。
田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員
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