(※写真はイメージです/PIXTA)

アメリカのバイデン大統領は、新型コロナウイルスワクチンの国際的な供給を増やすため、WTOによる提案を受けて特許権の放棄を支持すると表明し、これに医薬品業界が猛反発しました。なぜ特権の放棄は実現しなかったのでしょうか。渡瀬裕哉氏が著書『無駄(規制)をやめたらいいことだらけ 令和の大減税と規制緩和』(ワニブックス)で解説します。

TPPは知的財産権のルール整備が重視された

2021年現在、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行している環境下で、各国政府が海外との人の往来を制限する対策を続けてきました。少し遡れば、平成23年(2011)の東日本大震災では広範囲にわたるインフラへの被害で物流や人流が途絶した経験もあり、サプライチェーンの国内回帰を含めた体制強化は近年の政策的な重要課題となってきました。

 

ただ、すべてを先進国に戻すことは難しいため、ある程度信頼のおける同盟国間での協働を基礎に、大規模災害や国際情勢に左右されない事業環境の構築が進められています。

こうした国際的な分業が進んでいく中で重要なのが、知的財産権です。莫大なコストをかけて開発したものが、労働力の安い国で勝手に作られ、製品が安価に供給されてしまえばビジネスとして成り立たないからです。日本は「ものづくり」に対するこだわりの深い国ではありますが、国際的なビジネスの現場では、先進国として特許や知財に関して積極的にルールを作っていく側に立っているのです。これを支える仕組みがTPPです。

 

アジア太平洋地域は、世界の中でも経済成長の著しい地域です。この地域の国々は、夜を日に継ぐように発展を続けています。日毎に製造力も向上し、これまでは技術的な問題などで模倣できなかったものでも簡単に模倣できる力を付けているということです。先進国から工場を移転し、技術指導を行って製品を作ってもらうことを続けてきた成果でもあります。

 

そこで、アジア太平洋地域の各国に先進国が安全に工場を移し、自分たちが開発した技術や高度なサービスなどに対して、移転先の国から知的財産への対価をきちんと受け取ることのできる体制が必要となりました。TPPは原加盟国のシンガポールやニュージーランド、チリ、ブルネイが始めたものですが、後にアメリカや日本が参加することになった際、投資や自由貿易のルール以上に知的財産権のルール整備がとても重視されたのは、このためだったのです。

 

それぞれの国が得意なものを生産し、交易を通じて互いに利益を得るという国際分業は、製品を作るための技術やアイディアと実際の製品の製造を分担して利益を上げるという形に変わってきています。これは今に始まったことではなく、何年も前から指摘され、ここ数年でその傾向が加速していることです。

 

国連貿易開発会議(UNCTAD)のデータでは、知的財産権等使用料(特許使用料)の国別収支を見ると、2019年時点で日本は世界第2位です。ダントツ1位がアメリカですから、日米の二国にとって、知的財産権が守られ、世界各国からライセンスフィーがきちんと払われるようになると、メリットが多いのです。

 

日本国内にも、知的財産権や特許は企業の独占だから技術や社会の発展を妨げるとして、「すべて開放するべきだ」と批判する人たちがいます。それはそれで、ひとつの理屈ではありますが、現実には知的財産権は強化される方向性で進んでいます。新しいものを開発したり、それに投資したりすることで便益を得ることができる体制を作った方が、社会の発展に寄与するのではないかという流れの方が強くなっているのです。

 

少し冷静に考えれば、当然です。経済の発展は、人間の利己心が大きな原動力となっているからです。これは潮の満ち引きや天候の変化のような自然の摂理に近い法則です。それならば、人間の利己心に根差したうえで、社会の発展との整合性を付けていくことが大事なのです。

 

「利己心」というと道徳的な観点から批判したり、すべてを平等にした方がよいとか、すべて開放して公共のものとするのがよいと言われたりするのも、よくある議論です。かつて共産主義の理想を掲げて、地球上の半分の人々を不幸に叩き落とした壮大な社会実験の大失敗がありましたが、それと同じように、人間の本質に反する前提に立てば、結果はおよそ理想とはかけ離れたものになってしまうのです。

 

「利己心はけしからん」と取り締まるのではなく、利己心は人間の本質なのだから、それをうまく社会のために使えるような仕組みを作る、そのひとつが知的財産権です。クリエイティブな成果を評価し、公開して社会と共有するときに成果の独占権を認め、他の使用者から対価を得てよい。とても健全です。

 

一緒にビジネスを行う後発の国々には、知的財産権の管理が整備されていないことが多々あります。この一番の問題国家が中華人民共和国でした。一般に「米中対立」と呼ばれているものの大元は、知的財産の保護です。これはトランプ政権であっても、2021年に発足したバイデン政権でも同じです。簡単にいえば、「中国はきちんとライセンスフィーを払いなさい」と徹底することを求めています。

 

国家安全保障に関わる重要技術に関しては、流出の問題があります。中国との関係でいえば日本でも顕著なのですが、企業に勤めている人をそのまま引き抜いてしまえば、技術を手に入れることができます。これをどのように防ぐのかが、とても重要な問題となっています。これも知的財産の取り扱いにまつわる大きな要素です。

 

さらに、知的財産権は企業の経営戦略にも関わっています。何でも特許を取ればよいということではありません。特許を申請して認められれば、一定期間は独占的な権利と、それに伴う収入が得られます。ところが、特許を取る際には技術が公開されますから、ライバル企業や投機筋に開発の目的や意図、プロセスを悟られてしまうのです。

 

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    ※本連載は渡瀬裕哉氏の著書『無駄(規制)をやめたらいいことだらけ 令和の大減税と規制緩和』(ワニブックス)から一部を抜粋し、再編集したものです。

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