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デジタル集客なのになぜ「リアル店舗」なのか
■ステージとしての店舗
パンデミック前、私は仕事の関係でオーストラリアのメルボルンにいた。初日は早起きして現地の小売りシーンの視察に出かけた。朝8時ごろ、若者たちの行列に出くわした。店の前からブロックを半分ほど行ったところまで続いている。なかにはキャンプ用の椅子に座ってブランケットにくるまっている人もいたから、ずいぶん長時間待っていたに違いない。
実は、カルチャーキングスの開店を待ちわびる行列だったのだ。カルチャーキングスは、国内に8店舗を抱えるオーストラリア発のストリートファッション販売チェーンだ。私は開店後の状況を見届けたくて、数時間後に戻って来ることにした。
カルチャーキングスの店内に足を踏み入れると、「どうせどこにでもありそうな店」という思い込みは吹き飛ぶ。まず、音響システムからの重低音がまるで足元から体を伝って胸を直撃するような衝動に包まれる。続いて、複数階ぶち抜きの巨大な空間に圧倒される。小売店というよりも、さながらリオデジャネイロ辺りのクラブといった雰囲気だ。
店内にはバスケットボールのハーフコートもあり、スタッフがフリースローコンテストを開催して客を楽しませている。ゴールの上に目をやると、高さ6メートルのところにDJブースがあることに気づく。2階では、軽食が用意されているほか、ヘアサロンでヘアカットまでできる。大手スポーツ用品チェーン、フットロッカー(Foot Locker)などと比べると、小規模ビジネスに違いないのだが、世界的に有名なミュージシャンや俳優、スポーツ選手などの姿を店内で目撃することも珍しくない。
しかも、独特のステージ演出を体感できる。空間、サウンド、照明、スタッフの情熱や気迫といったものが融合し、「ただならぬ店にさまよい込んだ」という思いが強くなる。まさしくそこは別世界なのである。カルチャーキングスの巨大空間には、実際のステージがあり、そこで熱狂的な観客を前にブランド色を前面に押し出したショーなどが繰り広げられることもある。
その日、私はこの店で何かを購入したわけではない。そもそも私はカルチャーキングスの想定する客でもない。だが、店を出るとき、極めて重要なおみやげを持ち帰ることができた。それは、「前向きで力強いブランド」という印象である。想定客でもない私が、こうして読者にぜひ伝えたいと思うほど、素晴らしい印象だったのだ。
ブランド各社が、このような見事なコンテンツを店舗で展開できたとして、これを店内に居合わせた人々しか体験できないのはあまりにもったいない。ならば、全世界に体験してもらってはどうか。
■スタジオとしての店舗
ニーマ・コージーは、うまみのある商売をしている。商売もだが、商品も“うまい”のだ。その商売というのが、カリフォルニア州サンディエゴにある家族経営の菓子店「キャンディーミーアップ」である。お祝いなど特別な機会用に小売店向けに菓子を卸している。
パンデミック直前、コージーは、物流部門を担当する弟のジョニーとともに、受注量がわずかに減少していることに気づいた。そこに新型コロナウイルスの感染拡大も重なって状況は悪化するばかりだった。「店を閉めることになるんだろうなって、99%確信していました」とニーマは振り返る。
苦し紛れに、ティックトックのアカウントを開設、ジョニーと2人で店内を舞台に動画制作を開始した。所狭しとキャンディーが並ぶカラフルで明るい店内は、2人のおかしなやり取りの背景にベストマッチングだった。オンラインで馬鹿げた遊びが流行れば、すぐに飛びついた。たとえば、「ゼリーフルーツチャレンジ」(ピンポン球程度の風船状の容器に詰まったゼリーを歯だけで開けて食べるゲーム)は、失敗すれば、撮影するカメラや自分の服、周りの友達の顔にゼリーが飛び散る他愛ない遊びだが、2人は次々にこうした遊びに動画でチャレンジした。
やがて2人のおもしろさにファンがつき、ティックトックでフォロワーが一気に増え始めた。ユーチューブの有名人から紹介されたこともあって、2人のティックトックはあっという間に4万人のフォロワーを獲得することに。