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塩尻の出張販売は「100種類のおろし金」だけ
塩尻の旅へ連れていく道具は、100種類のおろし金だけにしました。もっと、いろいろな道具からまんべんなく選ぶことも考えましたが、飯田屋らしさをお伝えできるのはこれだったのです。おろし金を使い比べて選んだ経験のある人は、そうはいないだろうとの思いもありました。
畳の敷かれた古民家のテーブルに100種類ものおろし金を並べ、お客様と一緒にテーブルを囲んでおろし金の特長をレクチャーしながら使い比べてもらいました。
販売会というよりアットホームな勉強会のような雰囲気の中、「おろし金一つでこんなにも味が変わるものなのね。道具を選ぶことが、これほど楽しいなんて知らなかった!」と猛烈に感動し、4種類も購入してくださったご年配の女性もいました。
また、これまで地元を離れた経験のないお客様が「道具を通して新しい世界を知ることができた」と歓喜してくださいました。「旅する料理道具屋」で、お客様に新しい旅をしていただけたのです。
こんなにも料理道具で感動していただけるのかと、驚くとともに嬉しくなり、半年に1回ほどのペースながら続けることにしました。しかも、出店場所や賃料の交渉、商品選定などの一切をすべて従業員に任せたのです。
2人一組のチームをつくり、順番に出店してもらいます。料理道具は、僕たち喜ばせ業にとっての「喜ばせツール」です。それをどう活用するかを自由に決めていいのです。正直なところ、出張販売では黒字にはなりません。しかし、店舗にいるだけでは決して味わえない体験をたくさん積むことができます。
旅する料理道具屋では、飯田屋を知る人も、飯田屋を目的に来てくださる人もほとんどいません。店に人を呼び込むのがどれほどたいへんなのかを知ることになります。
それを知った上で、スタッフの様子をこっそりと見に行ったことがありました。すると、普段はおとなしく、大きな声を発することのない藪本が声を張り上げて呼び込みをしているではありませんか。その姿を見て、思わず感動してしまいました。
飯田屋では、ゆっくり店内をご覧いただくために、お客様への声かけを禁止しています。しかし、出張販売ではおとなしいままでは通用しないと判断をしたようでした。
こうした経験は、店舗にいるだけではできなかったことです。旅する料理道具屋が赤字であったとしても、教育費と考えれば決して高くはありません。
何よりも、お客様が来てくださるのは決して当たり前のことではないということを知り、お客様への感謝の気持ちがより一層強くなったことは大きな学びになりました。
飯田 結太
飯田屋 6代目店主