「せっかく建てた家なのに」と言われたけれど
「まさか自分たちが、家を売るとは思っていませんでした」
そう話すのは、とある団地で暮らす石田さん夫妻(仮名・夫68歳、妻66歳)です。二人は3年前まで、郊外にある4LDKの戸建て住宅で暮らしていました。30代で購入し、住宅ローンは60代手前で完済。子ども二人を育て上げた思い出の詰まった家でした。
夫は会社員として定年まで勤め上げ、現在の年金収入は夫婦で月21万円ほど。退職金も受け取り、当初は「家賃もないし、老後も何とかなるだろう」と考えていたといいます。
実際、現役時代にはその家で不自由なく暮らしてきました。車があれば生活できる立地で、庭もあり、部屋数も十分。近所には同じ時期に家を買った家族も多く、長い間「終の棲家」だと思っていたそうです。
ただ、子どもたちが独立してから、家の広さは少しずつ“ゆとり”ではなく“空白”に変わっていきました。使わない部屋は物置になり、二階へ上がる回数も減り、掃除や庭の手入れは年々重く感じるようになります。
「夫婦二人には、広すぎたんです」
妻はそう振り返ります。
ローンを完済すれば住居費の不安は小さくなる。そう思っていたものの、実際には固定資産税、火災保険、外壁や屋根の修繕、給湯器など設備の交換、庭木の手入れといった費用が続きました。
特に負担だったのは、10年単位でやってくるまとまった修繕でした。ある年には屋根と外壁の補修見積もりが出され、夫婦は顔を見合わせたといいます。
「まだ住める家に、またこんなにかかるのかって」
それに加えて、夫は退職後しばらくして膝を痛め、坂道や階段の上り下りがつらくなりました。家の前は緩やかな傾斜でしたが、買い物帰りには想像以上にこたえたそうです。妻もまた、将来車を手放したあと、この場所で暮らし続けられるのか不安を抱くようになっていました。
