(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢者に「妄想、幻覚、徘徊」といった症状がみられたら、認知症を疑うことでしょう。医者でも疑い、そのまま「誤診」してしまうことがよくあるといいます。本当は完治も可能な身体疾患なのに、「治らない認知症」と誤診され、適切な治療がおこなわれなかったら…。医療法人昭友会・埼玉森林病院院長の磯野浩氏が、実例とともに解説します。

外見でわかった…治療法のある「完治が可能な病気」

見た目が、多くを語っていたのです。診察室に入ってきたとき、私には90代の方に見えたのです。車椅子にもたれぐったりとした様子で入ってきたその姿は、私の目には90代に映りました。

 

毛髪が広範囲に抜け落ちておりまばらにしか生えておらず、病的にむくんでいて、皮膚はがさがさ。

 

ところがです。電子カルテに目をやると、そこには「70代」の年齢記載が……。

 

これはおかしいと、私は思いました。こうした外見の老化には個人差があるといっても、限度があります。つまり、これは単なる「老化」ではなく、病気によるものと判断したのです。

 

脱毛やむくみが進み、かつ、一般的には認知症と思われがちな、妄想や幻覚、その他異常行動を引き起こす……。私はすぐに、血液検査をスタッフに指示しました。「甲状腺機能低下症」の確定診断をするためです。

 

甲状腺機能低下症とは、のど仏のあたりにある甲状腺という臓器の機能不全で、代謝や成長の調整に重要な働きをする甲状腺ホルモンの分泌が減ってしまう病気です。さまざまな体の不調とともに、認知機能の低下もきたす原因疾患の一つです。おかしな行動をとったり、わけの分からないことを言ったりすることだけを取り上げれば、アルツハイマー型認知症などにも似ていますが、原因も、病気のメカニズムもまったく別物です。

 

そして何より喜ばしいことに、甲状腺機能低下症は治療法が確立されており、完治が可能な病気なのです。

 

つまり、適切な治療をすれば認知機能が回復し、以前の生活に戻れるということです。

 

「認知症は治らない」と思っている人もいるでしょう。しかしそれはアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症といった、脳自体が変性する(質が変わってしまう)ことが原因の認知症を指しています。

 

これらが認知症全体の大多数を占めるため、「治らない」が一般的だと思われるかもしれませんが、なかには「治り得る」認知症もあることを覚えておいてください。

 

この母親の場合も、治療で目覚ましい回復をとげました。入院し甲状腺ホルモンを補充するなどの治療を行うことで、認知機能が回復し、幻覚や妄想、徘徊もなくなりました。

 

当院での認知症診断簡易スケール検査の結果も、入院前は長谷川式16点、MMSE(ミニメンタルステート式)17点だったところ、治療後は長谷川式20点、MMSE24点と、認知機能にはほとんど問題がないレベルまで点数が上がったのです。

 

そしてもちろん、甲状腺機能低下症の特徴的な身体症状であるむくみもとれ、毛髪も生えてきて、すっかり元気になり退院されました。今は一人で生活ができているとのことです。

 

当院に来る前に度重なる徘徊で周囲を心配させた同一人物とはとても思えないほどの回復ぶりです。

 

長女さんの心情としては、当院に来る前は「この先どうなるんだろう、自分が仕事を辞めてずっと介護しなければならないのか、施設を探そうか」と穏やかではなかったことと思います。

 

それがどうでしょう。正しい診断がついて、それが治療可能な病気であることが分かり、無事治療を受け完治し、今はつきっきりの介護も必要なく、元気で暮らしている……。長女さんにとってみても、人生が、180度違うものになったといって過言ではありません。

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※本連載は、磯野浩氏の著書『認知症診断の不都合な真実』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

認知症診断の不都合な真実

認知症診断の不都合な真実

磯野 浩

幻冬舎メディアコンサルティング

超高齢社会に突入した日本において、認知症はもはや国民病になりつつあります。そんななか、「認知症」という「誤診」の多発が問題視されています。 高齢者はさまざまな疾患を併せ持っているケースが多く、それらが関連しあ…

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