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保険会社の支払い拒否で老舗企業が倒産
「次はうちの業界か?」と、怪物企業の進出はどの企業も不安になるのだが、特に新規参入が閉め出されたまま寡占状態が続いている業界の既存企業にとって、厄介なことになる。
具体的には、銀行、保険、輸送、ヘルスケア、教育といった分野である。こうした業界は昔から自己刷新に消極的なうえ、新型コロナウイルスで各業界の弱点が白日の下にさらされている。そんな弱みを抱える企業があれば、食物連鎖のトップにいる怪物企業が新鮮な獲物を狙うように近づいてきて、飛びかかるタイミングを見計らっていてもおかしくない【図参照】。
■保険
ニューヨークかニュージャージーに住んでいたら、センチュリー21という大型ディスカウントストアの名前に見覚えがあるだろう。いや、ショッピングもしたことがあるのではないか。高級ブランド品の値引き販売で知られる同族経営のディスカウントストアで、オープンは1961年の老舗。創業者は、アル・ギンディとソニー・ギンディの兄弟だ。センチュリー21という名称は、当時、地元開催を控えていた万国博覧会のイメージからつけたという。
後に経営がそれぞれの息子に引き継がれ、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニアの隣接3州とフロリダ州に13店舗を構えるまでに成長した。本店はニューヨークシティのコートランドストリート22、ちょうどワールド・トレード・センターのツインタワーがあった場所の真向かいにあり、9・11同時多発テロの大惨事にも耐え抜いた老舗だ。
センチュリー21でショッピングを楽しんだことのある人は世界中にいくらでもいるはずだ。ニューヨークシティ観光では外せないスポットとして親しまれていた。
ところが、その後の数年でアメリカの小売市場が高級品と格安品に二極化した結果、ブランドの余剰在庫を安く仕入れて高い値引率で売るオフプライス市場は爆発的に拡大し、新規参入が相次いだ。メイシーズやノードストロームからサックス・フィフス・アベニューまで、百貨店が軒並みオフプライスの横断幕を掲げ、オフプライス系大手のTJXが積極的に出店攻勢を仕掛けた。アウトレットモールが雨後の筍のように乱立し、ファストファッションが新しい世代の消費者から絶大な支持を集めた。
その陰でセンチュリー21は、かつて自らが代表格とされていた市場で存在感が薄れていった。店名も同名の不動産会社と間違えられることが多かったうえに、昔は明るい未来のシンボルでもあった21世紀という名前が文字どおり時代遅れになってしまった。
2018年、私は同社のブランドの見直し、刷新、再ポジショニングを支援するアドバイザリーボードの一員として招かれることになった。同ブランドやそのポジショニングのありとあらゆる面が徹底的に精査された。2019年にはアドバイザリーボードは解散したが、私は請われて引き続きアドバイザーとしてとどまることになり、新しいスローガン、新しいマーケティング方針はもちろん、同チェーンの新たな船出に資すると思われることは何でも取り組んだ。同年下期に新計画を展開しはじめ、早くも手応えを感じ取っていた。
ところが、60年に及ぶ浮き沈みや景気後退、好景気、テロ攻撃の大惨事を乗り越えてきた末の2020年9月10日、経営破綻となってしまった。共同CEOのレイモンド・ギンディは声明で次のように語っている。
<9・11同時多発テロの際は壊滅的な影響に苦しみましたが、保険金のおかげもあって立ち直ることができました。しかし、今日のような不測の事態に備えて毎年多額の保険料を払ってきたにもかかわらず、この最も重要な時期に保険会社に背を向けられ、ついに私たちの愛する家業を閉鎖する以外、現実的な道が閉ざされてしまいました。>
センチュリー21は、1億7500万ドルの利益保険(店舗などを閉じて生じた損失を補う企業保険)を契約していたにもかかわらず、保険会社が支払いに応じず、結果的におよそ60年の歴史に幕を閉じることになった。