大切なことを大切にしなかった結果は
幼いころ、母からたくさんの「大切なこと」を教わりました。商家で育った母は礼儀や挨拶、感謝の気持ちや謝罪する心など、人として大切な心と振る舞いを厳しく教えてくれたのです。
「感謝することは大切。人に優しくしてもらったら必ずありがとうって言うのよ」
「挨拶することは大切。人に会ったら必ず挨拶をするのよ」
「間違ったことをしたら謝るのは大切。人を悲しませたら必ずごめんなさいと言うのよ」
「友だちや仲間はとても大切。だから誠意を持ってお付き合いしなさい」
子どものころは、意識しなくとも当たり前にできていたように思います。それなのに、いつから僕は大切なことを忘れてしまったのでしょうか?
「みんなが挨拶するのは当たり前」
「従業員が働くのも当たり前」
「妻が食事をつくるのも当たり前」
「お客様が来店するのも当たり前」
全部を当たり前と思って、僕は大切なことを大切にしてきませんでした。だから、僕から人が離れていったのです。
僕は、自分の家族すら大切にしていませんでした。いつも仕事を優先し、父親として何よりも大切な役割である子育てすら妻に任せっきりでした。独りでたいへんな思いをしている妻に、感謝の気持ちを伝えることすらしなかったのです。
そんな僕の態度は妻の心を深く傷つけていました。それにも気づけず、離婚の危機を迎えたこともありました。それどころか、「仕事でたいへんなのに理解してくれない。僕は家族のことをこんなに大切に思っているのに」と思うこともありました。
家族のことを、従業員のことを、お客様のことを、取引先のことを、地域の人たちのことを大切に思わない人なんてきっといません。でも、大切にできない人はたくさんいます。まさに、その代表が僕でした。
今ならはっきりと言えます。大切に思うことと、大切にすることはまったく違うのです。
やるべきは「大切な人が大切にしていることを大切にする」という行動なのです。
大切な妻が大切にしていることを大切にできていれば、妻を傷つけたりはしなかったかもしれません。
大切な従業員が大切にしていることを大切にできていれば、集団退職を決意させるような事態にはならなかったかもしれません。
これまで、従業員たちの私生活に興味を抱いたことはありませんでした。就業中にしっかりと仕事さえしてくれたら、それでよかったからです。
でも、従業員たちを大切にするためには、一人ひとりが大切にしていることを知らないと、大切にすべきことが見えてきません。
初めて、彼らの私生活に興味を持てるようになったのでした。
飯田 結太
飯田屋 6代目店主