情報を正しく伝え、患者に選んでもらう
では、医療分野において、なぜマーケティングが必要なのだろうか。その答えは、患者のニーズを探り他医療機関との差別化の方法を探るためである。いまや、医療機関は競争社会におかれ、他の医療機関とどこがどのように違うのかを患者に正しく伝え、患者に選んでもらう必要がある。そして、その方法はマーケティングを活用することが最良である。
日本マーケティング学会ヘルスケアビジネス研究会では、
「マーケティングは、歴史的に差別化しないと売れない、供給過多という市場環境を背景に誕生した。自社の製品が市場の中で埋没してしまわないよう競合製品に対して差別化し、消費者に積極的に働きかけ購入を促す、行動変容のための体系的な実践である。厳しい競争環境に突入した業界では、営利・非営利を問わずマーケティングのセンスや技術が必要になる。
医療サービスは、高度で専門的だ。対して患者の大半は医学的知識を持たないため、医療サービスを知覚品質でしか判断できない。医療機関と患者との間には、このような基本的なコミュニケーションの困難が存在する。こうした困難を乗り越えて、患者が自分に適した医療サービスを正しく選択し、その結果として医療機関の経営が安定し、継続的に社会に貢献し続けることが、医療経営の本質的な課題の1つとも言える。そうした視点から言えば、医療経営において、マーケティングはじつは重要なテーマなのである。」
と、医療分野でのマーケティングの必要性について指摘している(比留間,2020)。
いまや医療機関は、確実に競争社会に突入している。だからこそ、医療分野でもマーケティングにより差別化を行い、医療サービスの違いを患者に認知してもらい、選択してもらう必要がある。
実際、医療マーケティングは、医療機関におけるマネジメント上の課題解決の手段の1つとして活用されている(医療経営人材育成事業ワーキンググループ,2006)。我が国においては、医療法をはじめとする医療関連法規によりプロモーションに関わる宣伝広告や価格(診療報酬制度)などの規制があるため、医療マーケティング活動の実施には限りがある。
しかしながら、患者への情報提供などのコミュニケーションや患者の行動変容を促すための患者教育、患者満足の向上、医療サービスの提供などではマーケティング理論が活用されている。日本においても、近年では病院にマーケティング課が設置され、看護部門でもマーケティング研究が行われるなど、医療現場でのマーケティング活動が普及している。
米国のメイヨークリニックは、マーケティング活動の一環としてソーシャル・メディア・ネットワーク・ミーティングを開催している。ここではデジタル・マーケティングを進化させ、手術前患者教育、院内コミュニケーション、理念の浸透、コミュニティの充実など、様々な取り組みが報告されている(日本医療ソリューションズ,2016)。
メイヨークリニックの経営的な強さの秘訣は、先進的な技術の導入、徹底した効率化、医師、スタッフ教育に加え、患者中心の医療を提供する点にあることはよく知られている。採用では、基本的価値観である、患者のニーズを最優先させることに共鳴できる人材が選ばれており、医療サービスを提供する組織として、価値観が重要視されている。
そのため、メイヨークリニックの医師は、患者サービスにおいて7つの理想的なふるまいが決められており、自信、感情移入、人間味、個人的親しみ、率直、礼儀正しさ、周到さが求められている(村上,2016)。
つまり、メイヨ─クリニックでは、医学におけるスペシャリストとして、医療サービスの提供にあたり、医師に高度な能力を求めることはもとより、患者への愛情を持ち、患者の苦しみを理解し、親身になって対応する基本的な人間性を兼ね備えていることが優先されている。これらは、患者満足の向上や患者の意思決定にも影響する。