診療報酬制度と広告規制による病院経営への影響
(2)医療分野での規制などによるマーケティングの限界
組織がサービスなどを消費者に届けるために、情報を発信し、説得し、想起させる手段として、マーケティング・コミュニケーションがある(Kotler& Keller,2006)。一般的にマーケティング・コミュニケーションは、消費者との関係性を構築し、持続させることを目的としており、その手段には、
①広告(マスメディア・看板・交通広告など)、
②プロモーション(販売促進)、
③広報(パブリック・リレーションズ)、
④人的販売(セールスや販売活動など)、
⑤インターアクティブまたはダイレクト(レスポンス)コミュニケーション(インターネット・ダイレクトメールなど)、
⑥クチコミなど、がある(田中,2008)。
医療分野において、マーケティング・コミュニケーションは、わかりにくい医学的な情報を患者に対して適切に発信し、信頼を得るための重要な役割を担っている。また、患者のクチコミによる情報は、患者の受診行動に影響を及ぼす、重要な要素である。しかしながら、我が国においては、医療に関わる法規制により、マーケティング活動には限界がある。
大きな理由は2つある。その1つは、診療報酬制度による価格の決定にある。そのため、各医療機関において、価格による差別化はできない。価格が固定的である以上、価格差別化による競争優位は得られない。そのため、価格自体の操作ではなく、価値すなわち費用対効果を高めることで患者にとっての価値を向上させ、より多くの患者を集めて医業収益の増加を図ることが、医療機関における価格戦略の基本的な考え方である(川上・木村,2013)。
もう1つの理由は、広告規制にある。医業もしくは歯科医業または病院もしくは診療所に関する広告については、患者等の利用者保護の観点から、医療法、その他の規定により制限されている。医療に関する広告は、
①医療は人の生命・身体に関わるサービスであり、不当な広告により受け手側が誘引され、不適当なサービスを受けた場合の被害は、他の分野に比べ著しい。
②医療は極めて専門性の高いサービスであり、広告の受け手はその文言から提供される実際のサービスの質について、事前に判断することが非常に困難である。
以上の利用者保護の観点から、限定的に認められた事項以外は、原則として広告が禁止されている(厚生労働省医政局総務課,2018a)。
厚生労働省医政局は、医業もしくは歯科医業または病院もしくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告ガイドライン)を発表し、具体例を含めて詳細を記している。広告の定義は、
①患者の受診等を誘引する意図があること(誘引性)、
②医業もしくは歯科医業を提供する者の氏名もしくは名称または病院もしくは診療所の名称が特定可能であること(特定性)、
③一般人が認知できる状態にあること(認知性)、
この①~③のいずれの要件も満たす場合に、広告に該当すると判断される。なお、①でいう「誘引性」は、広告に該当するか否かを判断する情報物の客体の利益を期待して、誘引しているか否かにより判断することとし、例えば新聞記事は、特定の病院等を推薦している内容であったとしても、①でいう「誘引性」の要件を満たさないものとして取り扱う。
ただし、当該病院等が自らのウェブサイト等に掲載する治療等の内容または効果に関する体験談については、広告に該当する(そのうえで省令第1条の9第1号の規定に基づき禁止される)。また、②でいう「特定性」については、複数の提供者又は医療機関を対象としている場合も該当することが示されている(厚生労働省医政局総務課,2018a)。
近年、美容医療サービスに関する情報提供を契機として、消費者トラブルが発生していることを踏まえ、広告規制の見直しを含む医療法等改正法が成立し、2018年6月1日に施行された。この医療法改正により、広告規制の対象範囲が単なる「広告」から「広告その他の医療を受ける者を誘引するための手段としての表示」へと変更され、ウェブサイトによる情報提供も規制の対象となった。
ただし、医療を受けるものによる適切な医療の選択が阻害されるおそれが少ない場合には、広告可能事項の限定を解除できる(厚生労働省医政局総務課,2018b)。したがって、患者に適正な情報提供を行うためには、医療法を熟知したうえでの情報発信が求められる。
杉本 ゆかり
跡見学園女子大学兼任講師
群馬大学大学院非常勤講師
現代医療問題研究所所長