「昔はこんなんじゃなかったのよ」隣人女性は心配そうに呟く…。(※写真はイメージです/PIXTA)

1年ほど家賃を滞納している74歳男性。督促をしても喚き散らす始末で、家主も実兄も困り果て…。「強制執行」までの経緯を、OAG司法書士法人代表・太田垣章子氏が解説します。 ※本記事は、書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より一部を抜粋・編集したものです。

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    断行の日まであと10日…兄からの電話で「急転直下」

    このままでは強制執行が、不能で終わりそうです。不能となれば家主側は滞納者に退去してもらうことはできず、何も動かなくなってしまいます。そしてこれは山沖さんにとっても、何ひとついいことはありません。滞納のことは少し横に置いておいて、山沖さんがきちんと一人で生活できるなら、気にすることはないでしょう。でももしご飯も作れない状態なら、精神や体を患っていたら、民間の賃貸物件で生活を続けることは、山沖さんにとって無理なことかもしれません。

     

    「弟は鬱病で、仕事を少し休んでいた時期が昔ありました。今日の様子はちょっとその頃と似ているような気がします。遠目からしても、形相はちょっと普通とは言えない感じでしたよね」

     

    お兄さんは、やはり弟の政則さんが心配なようです。

     

    「自分の方でも、ちょっと通ってもう一度話ができるようにやってみます」

     

    先日あんなに怒鳴られても、金銭面で迷惑をかけられていても、それでも兄弟。関わりたくないと言っていたのに、これだけ何とかしようと思う絆ってすごいものなんだな、そう感じました。

     

    荷物を完全撤去する断行の日まであと10日ほど。執行が不能になれば、家主さんにとって「山沖さんに退去してもらえない」ことが確定してしまいます。何とかしたいけれど、どうしたもんだろう……そう思いあぐねていた矢先、お兄さんから電話がありました。

     

    「弟が入院しました」

     

    急転直下です。

     

    どうやらお兄さんが政則さんのところに会いに行ったら、今度は山沖さんが包丁を振り回して部屋から出てきたとのこと。隣の住民の女性が慌てて警察を呼び、山沖さんを連行。精神的におかしな状況だったので、措置入院させられたということでした。栄養状態も悪かったらしく、検査をしつつこれからのことを考えていきますとのことでした。どう考えてもあの部屋でそのまま生活できるとは思えず、強制執行を予定通り進めることになりました。

     

    執行官に事情を話すと「それなら仕方がないね」と、ちょっとホッとした様子でもありました。

     

    最終的に、この案件は措置入院という想定外のところで着地しましたが、今後高齢者が滞納する案件も増えてくるはずです。しかしその時に強制執行ができなければ、家主は家賃を払ってもらえない、それでも出て行ってもらえないという最悪な状況になってしまいます。

     

    ビジネスはリスクを伴うものとは言え、これを民間の家主がすべて背負うのは厳しいもの。国や行政が、シェルター的な場所を準備すべきと願ってしまいます。ただこの先急加速度的に高齢者が増えて無策のままだと、日本の国土はシェルターだらけになってしまいそうな気もします。

     

    そもそもこの問題、国はどう対策を講じているのでしょうか。

     

     

    ※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。

     

     

    太田垣 章子

    OAG司法書士法人代表 司法書士

     

     

     

    老後に住める家がない!

    老後に住める家がない!

    太田垣 章子

    ポプラ社

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