1年ほど家賃を滞納している74歳男性。督促をしても喚き散らす始末で、家主も実兄も困り果て…。「強制執行」までの経緯を、OAG司法書士法人代表・太田垣章子氏が解説します。 ※本記事は、書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より一部を抜粋・編集したものです。
「もう手続きでお願いします」強制執行に踏み切るが…
「人が変わったみたい」
左隣の女性が呟きました。
「これは……引っ越しを促すなんて、無理ですね。もう手続きでお願いします」
お兄さんの声も、落胆のあまりか沈んでいました。
山沖さんが家賃を払っていないことの明け渡しの裁判は、順調に進みました。山沖さんは訴状も受け取らず、裁判の日にも出廷せず、答弁書で主張することもなく、流れのまま明け渡しの判決が言い渡されました。
その後も一度も山沖さんと連絡が取れることはなく、手続きは強制執行に進みました。
執行官が気にするのは、山沖さんの年齢です。74歳で認知症もないかどうか、執行で出てもらえる状況かどうかです。
荷物を完全に撤去して明け渡しをする日時を、山沖さんに告知する催告の日が来ました。お兄さんも心配なのか、電車に乗ってこられました。関係者全員が固唾を呑んで、事の成り行きを見守ります。山沖さんと会った日から、すでに2ヵ月半は経っていました。
「山沖さん、山沖さぁーん、裁判所です。開けてください」
執行官が呼び鈴を鳴らしながら、室内の山沖さんに声を掛けます。
「山沖さん、鍵開けますよ」
この前は自分からドアを開けていましたが、今回は執行官が鍵を開けます。
体調が悪くて寝込んでいるのでは、皆がそう思いました。
OAG司法書士法人代表 司法書士
株式会社OAGライフサポート 代表取締役
30歳で、専業主婦から乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。
登記以外に家主側の訴訟代理人として、延べ2500件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。
トラブル解決の際は、常に現場へ足を運び、訴訟と並行して賃借人に寄り添ってきた。決して力で解決しようとせず滞納者の人生の仕切り直しをサポートするなど、多くの家主の信頼を得るだけでなく滞納者からも慕われる異色の司法書士でもある。
また、12年間「全国賃貸住宅新聞」に連載を持ち、特に「司法書士太田垣章子のチンタイ事件簿」は7年以上にわたって人気のコラムとなった。現在は「健美家」で連載中。
2021年よりYahoo!ニュースのオーサーとして寄稿。さらに、年間60回以上、計700回以上にわたって、家主および不動産管理会社向けに「賃貸トラブル対策」に関する講演も行う。貧困に苦しむ人を含め弱者に対して向ける目は、限りなく優しい。著書に『2000人の大家さんを救った司法書士が教える 賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)、『家賃滞納という貧困』『老後に住める家がない!』(どちらもポプラ新書)がある。
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