小売業界の将来予測は不可能に近い
■具体的な事実とパターンを区別せよ
毎日、われわれのもとには、さまざまな話題や問題に関して、膨大なデータがどっと押し寄せる。このデータには2つの種類がある点に注意したい。もし読者のなかにデータサイエンティストがいたら、これから一括りに一般化して説明することについて、どうか大目に見ていただきたい。むろん、データには、数え切れないほどの種類があることは承知しているが、筆者の世界観で言うと、「具体的な事実」か「パターン」かの2つに分かれる。
具体的事実とは、徐々に明らかになりつつある医学的な事実とか、経済レポートとか、業界ニュースなど、何でも当てはまる。これが十分に重大なものであれば、事の成り行きを変える可能性がある。たとえば、かつてのオーストリア皇太子であるフランツ・フェルディナントの暗殺事件がきっかけで、第1次世界大戦の火蓋が切られた。
あるいは、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件を機に、中東は何十年にもわたって政情不安と戦争が続き、各地でテロ攻撃が頻発し、空港の保安検査はかつてないほど厳格になった。
こうした個々の事実が大きな変化につながる可能性はあるが、本来的に予測不可能であり、将来予測の手段としては、あてにならない。次にどのような事象が発生するのか予測することは不可能に近い。明らかなトレンドになれば、話は別だが。
トレンドとは、定義のうえでは、さまざまな事象にまたがって見られるパターンである。医療データや経済レポート、業界の業績のなかにパターンがあれば、トレンドが生まれる。そしてトレンドは最終的に物事を変える。具体例としては、2020年5月25日、ミネアポリスの警察官の手により、アフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイドが命を落とすという悲惨な事件が発生した。
だが、これが世界的な抗議運動のきっかけになったのは、以前から存在していた明白なパターンに当てはまると受け止められたからである。事件は、激しい怒りに火をつけたが、パターンは、人種差別撤廃の呼びかけに対する世間の見方や受け止め方を変えるきっかけとなったのである。
だから、小売業者にとって、まったく違う業界やカテゴリーに見られるパターンが、小売業界で見られるパターンより重要なこともあるのだ。
そう考えると、コンサートなどライブエンターテインメント業界の技術進歩のパターンから、小売りの将来が何か見えてこないだろうか。医療分野のイノベーションのパターンはどうか。教育分野はどうか。こうした影響は十分に考えられることなのだ。顕微鏡を覗いて未来探しに腐心するよりも、電波望遠鏡を駆使して、宇宙全体の変化を示す信号がないか、耳を澄ますべきではないだろうか。そのためには、うつむきがちの顔を上げ、地平線のかなたに視線を向けなければならない。