外交手段と化したワクチンが「世界の明暗」を左右
さて、米国や英国の回復力ランキングの上昇により、ワクチンの研究に対する投資と迅速な供給が極めて重要であることが証明されました。米国は「オペレーション・ワープ・スピード」というワクチン開発・供給計画に180億ドル(約1兆9000億円)を投入しました。
一方、ブルームバーグが11月に追跡を開始して以来、回復力ランキングでは裕福な国と貧しい国の格差がますます明らかになっています。ほとんどの発展途上国は購買力がなく、まだワクチン接種を開始できていません。ブルームバーグのワクチントラッカーによると、平均所得が最も高い国は、最も低い国よりも約25倍も早くワクチン接種が進んでいます。
国際通貨基金(IMF)によると、中南米の国のほとんどは2023年までパンデミック前の成長水準に戻れず、1人あたりの所得も2025年まで回復しません。世界銀行は、パンデミックにより、2021年末までに1億5000万人が極度の貧困に陥ると予測しています。
このようななか、2021年6月9日の『ニューヨークタイムズ』は、バイデン政権は5億回分のファイザー製ワクチンを購入し、来年にかけて約100ヵ国に寄付する予定であると発表しました(※3)。
そしてホワイトハウスは、バイデン大統領の8日間のヨーロッパ旅行にちょうど間に合うように合意に達しました。これは、米国を世界のリーダーとして再び主張し、トランプ大統領によってひどく擦り切れた関係を回復する最初の機会です。
また、中国とロシアがワクチンを外交手段として利用するなか、米国も、ワクチンをパンデミックとの闘いにおける成功としてスポットライトを当て、外交手段として利用しようとしています。
さらに6月8日、米上院は「米国の技術や科学、研究に合わせて総額約2500億ドル(約27兆円)を投資する『米国イノベーション競争法』」という、異例の超党派法案を可決しました(※4)。米国が世界の技術大国として、中国の技術的野心に対抗する狙いがあります。
パンデミックから1年以上が経過した今、米中の競争はますます激しくなっています。
ハーバード・ケネディスクール教授であり、世界銀行チーフエコノミストト兼副総裁に就任したカルメン・ラインハート氏は、新型コロナの流行が始まったとき、2020年5月のハーバード大学のニュースで次のように語りました(※5)。
「国内規模および世界規模のロックダウンの反応は、これまで見たことがありません。世界的な景気低迷が極めて同期化して起きています。ところが新型コロナの流行は同期しておらず、今はブラジル、ロシアで感染者が増えています。つまり世界各地において流行が続く可能性があるということです。我々が『ワクチンを手に入れ』て、そのワクチンが『世界中の人々が利用できるようになるまで』は、世界は完全には正常化しないでしょう」
新型コロナウイルスよる金融危機は、健康の危機が解決するまで続きます。ワクチン外交は、各国の回復力やパンデミックの収束に大きく影響するでしょう。
※3 https://www.nytimes.com/2021/06/09/us/politics/biden-pfizer-vaccine-doses.html?action=click&module=Spotlight&pgtype=Homepage
※4 https://www.cnbc.com/2021/06/08/senate-passes-bipartisan-tech-and-manufacturing-bill-aimed-at-china.html
※5 https://news.harvard.edu/gazette/story/2020/05/carmen-reinhart-named-chief-economist-at-the-world-bank/
大西 睦子
内科医師、医学博士
星槎グループ医療・教育未来創生研究所 ボストン支部 研究員