「仕事決まったんです。ただ相談したいことがあって」
もしかしたらこの物件がなくなるかもしれない、私のその言葉が「追い出される」よりも西山くんの心に響いたようです。
「僕まだここに住みたいです。おばあちゃんといると田舎にいるみたいで、落ち着くんです。ここに住み続けたい。だから急いで仕事探します」
佐知子さんが「良い子」と言っていたように、西山くんは決して噓をついたりするずるいタイプには見えません。とりあえずここから連絡をとりあって、何か変化があればすぐに双方が伝える約束をして、この日は別れました。
佐知子さんに報告すると、「あぁ、やっぱりね」とつぶやきました。いつも元気に挨拶する西山くんを暫く見かけなくなったので、おかしいと思っていたようです。
家賃滞納は、佐知子さんにとっては大きな収入減です。それでも年金があるため、生活ができないほどではありません。西山くんの状況が分かって、佐知子さんも思うところがあるようでした。
佐知子さんから訴訟手続きをとるかどうか、少し考えたいと言われ、正式に訴訟手続きの委任を受けた訳ではないのもあり、しばらく日常の業務に追われて、この件は頭から完全に抜け落ちていました。
物件に行ってから、ひと月くらい経っていたでしょうか。お恥ずかしいことですが、この件のことを、私は西山くんからの直接の電話で思い出したのです。
「太田垣さん、仕事決まったんです。ただ相談したいことがあって」
西山くんの声は、ひとつ山を越えた感がありましたが、まだ何かありそうです。
「仕事は決まったんですけど、最初の3カ月は試用期間で給料も少ないんです。毎月の家賃は払えますが、溜まっている滞納分の支払いが月に2万円くらいしか難しくて。収入が増えるまで、支払いに2年ほどかかる計算になってしまうんです。でもどうしてもここに住み続けたくて。それでという訳じゃないんですが……」
西山くんの提案は、こういうことでした。佐知子さんは、現在83歳。電球を替えるだけでも一苦労です。そんな日常生活の細々としたことを、お詫びに西山くんが買って出たいというのです。それで滞納分の支払いが長期になるけど、許してほしいということでした。
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