「どっちにしても怒られるんだから」
「そこに手があると邪魔だからどけて」
「今はこれでいけているんだから動かすな」
苦しまぎれの一手を出して失敗すると、一刀両断される。そしてさらに次の一手が出にくくなる。
「ほら、また手が止まっている」
「おい、今切るところが見えていたのに見えなくなったじゃん」
(どうすればいいのだろう)
腹腔鏡手術の際も同様である。
「ただのビデオ係じゃないんだから、執刀医の気持ちになって、カメラを拡大したり行き先を見せたりしないと」
しかし、良かれと思って動かすと、「お前は執刀医か? 動かして欲しい時には言うからじっとしといて」と言われる。開腹手術でも腹腔鏡手術でも言われることは同じだ。手が動いていなければ「手を動かせ」と言われ、手を動かせば「動くな」と言われる。
「大丈夫。若い時はおれたちも怒られた。外科医は若いうちはとにかく怒られる。何をやっても怒られるものなんだ。どっちにしても怒られるんだから、手を出して怒られたほうがいいんだよ」
ある先生が笑いながらそう言った。確かにそうだ。どうせなら何もせずに怒られるより、何かに挑戦して怒られたほうが絶対に得だ。
それ以来、手術中は怒られてもいいから勇気を持って動くことを念頭に置いている。しかし、動くのは意外と難しいことで、心がけるだけでできるようなことではなかった。
これまでの人生を振り返ってみると、僕は迷ったら行動しないタイプの人間だった。そのことを慎重で良いことだと思っている節すらあった。逆に迷ったら行動するタイプの人間を軽率なやつだと思っていたような気がする。
ところが、自ら動こうとして初めて動くことの難しさを知り、今までの考えはただの言い訳でしかなかったことに気づいた。動かないことは動くことに比べてはるかに簡単だ。
人は行動する時、何かしら頭で考えて行動する。逆に行動しない時は頭を使わなくていい。僕は迷った時に思考を停止させて成り行きに任せていただけだった。
それでは大きな失敗こそないかもしれないが成長もない。僕が外科医として成長するためには、普段の生活から考え方を変えなければいけないと痛切に感じるようになった。
続く・・・
本記事は連載『孤独な子ドクター』を再編集したものです。
月村 易人
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