医療と介護の違いを考える
医療の目的は何か?それは病気やけがを治すことです。それでは、介護の目的は何なのでしょうか?私は、高齢者介護の目的は、死に向かって生きている人に対し元気を与え、前向きに死なせてあげることだと考えています。「前向きに死なせる」なんて不謹慎なことと思う読者の方もいるでしょうが、死について考えるということは、実は「生きることについて考える」ということなのです。
私も、年齢的に人生の折り返し地点を過ぎています。毎日ではありませんが、寝る前などに「自分が死ぬ時には、いったいどんな思い、どんな心持ちでいるのだろうか」と考える時があります。そして、必ず心に誓います。残された自分の時間をけっしてムダには使いたくない。自分には、それほど時間は残されていない。時間を大切にしなければ、もちろん、人は愚かなもので、目を覚まして新しい一日が始まると、そんなことは忘れて、だらだらとした時間を過ごしてしまい、自己嫌悪に陥っています。だから、老人ホームの介護職員は入居者の死に対し真剣に思いを巡らせ、考える必要があります。そして、その思いを率直に入居者と共有することが重要だと、考えています。
冗談みたいな本当の話です。私が老人ホームで介護職員として働きはじめた頃です。
毎月のように入居者が亡くなります。当時は、今のような「看取り」という概念も一般化されていないので、ほとんどの入居者は病院で亡くなることが当たり前でした。しかし、ほぼ人生の余力のすべてを使いきって生きている高齢者には予期せぬことも起き、気がついたらベッドの上で亡くなっていたというケースもあります。
老人ホームで入居者が亡くなった場合、介護職員はどのような行動をとることが普通なのでしょうか。まず、居室に鍵を掛け、誰も入室することができないようにします。そして夜を待って、介護職員総出で裏口からご遺体を搬出し、待機している葬儀屋の車で葬儀会場に運びます。ポイントは、入居者の誰にもこの事実を気づかれないようにしなければならないということです。深夜、入居者が寝静まった頃を見計い、そーっと搬出すること。
そして、次の日からは、何もなかったかのように立ち振る舞うこと。万一、「今日は、~~さんを見かけないけどどうしたの?」と他の入居者から聞かれた場合は、「具合が悪いので病院に入院しています。~~さんも気をつけてね」と回答することになっていました。