
いい老人ホームだと近所で評判だったのに、入居したら酷い目に遭った――。老人ホーム選びでは口コミがまるで頼りにならないのはなぜか。それは、そのホームに合うか合わないかは人によって全く違うから。複数の施設で介護の仕事をし、現在は日本最大級の老人ホーム紹介センター「みんかい」を運営する著者は、老人ホームのすべてを知る第一人者。その著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。
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入居者を「様」と呼ぶことがサービスなのか
最近は様変わりしてきていますが、介護保険導入時の介護事業はサービス産業であるという促しは、本当に悲しいぐらい自虐的だったと、私は思っています。次のエピソードは私の勤務していた老人ホームでの実話です。
入居者のある方は先天性の障害を持つ障碍者でした。見るからに障碍者とわかる風貌で、食事も排泄も自力では一切できない要介護5です。老人ホームに入るような高齢ではありませんが、現実的に彼を受け入れる施設はなく、やむなく老人ホームで生活をしていたということになります。彼の身元引受人は、高齢の実母。母親の口癖は、私が死んだ後もこの子をどうかよろしくお願いします、というものでした。

ある日、会社から母親に対し、今までのAちゃん(見た目から付けたあだ名)ではなく、A様と呼ぶようにという通達があり、ホームでは会社指示に従うことにしました(なにしろサービス業なので)。いつものように15時過ぎに様子を見に来た実母が血相を変えて事務室に飛んできました。「施設長、なんでA(あだ名)のことをA様とよそ行きの呼び名で職員さんは呼んでいるのですか?やめてください」
と、目に大粒の涙をためて訴えてきます。介護保険制度が始まり、入居者様は大切なお客様。だから丁寧に~~様と呼ぶようにという指示が本社からあったので、と説明します。しかし母親は訴え続けました。「Aにとって、ここは自宅。そして、皆さんは家族だと思っています。だから、今まで通りAと呼んでください。そのほうがAも喜びます。どうかお願いします」。
高齢の母親の悲壮な訴えに対し、職員一同直ちに元の呼び名に戻したことは言うまでもありません。その後、この出来事を受けて、職員の間で入居者の呼び方を考えることになりました。たしかに~~様と呼ばれてまんざらでもない入居者も存在します。しかし、圧倒的に多くの入居者は「親しみを込めてBと」とか「子供のころからCと呼ばれていたのでその呼び方でお願いします」「本人がDと呼んでほしいと言っています」ということになりました。
呼び名の中には、事情のわからない人が聞いたらびっくりするようなひどいものもありましたが、当事者や家族は嬉しそうに目を細めてにこにこしています。老人ホームと入居者との関係は、疑似家族が成立しているのです。