職員と入居者には「疑似家族関係」が成立?
介護職員が退職をする動機として意外に多いのが、入居者のご逝去です。私が、介護職員だった時にもこんな話を多く耳にしました。
介護職員「もうヤダ。こんなホーム辞めてやる。でも、受け持ちの入居者から、私を看取るまでは、あなたはこのホームを辞めないでね、って言われているの……」。ちなみに、この話をしていた職員は、本当に入居者が亡くなった1カ月後にホームを退職していきました。
老人ホームなど居住系の介護施設に限った話だと思いますが、介護職員と入居者の間には微妙な関係が構築されるケースがあります。私はそれを「疑似家族関係が成立している」と考えています。実際に、入居者の男性が自身の財産を身の回りの世話をしてくれた女性介護職員に譲るという遺言書を残し、その後、相続人と揉めた話を聞いたことがあります。
東京都町田市で有名な電気屋の「でんかのヤマグチ」のキャッチフレーズは、「遠くの子供より近くのヤマグチ」と言うそうです。いつ訪ねてくるのかわからない実の子供よりも、電話一本で、いつでもどこにでもすぐに駆けつけてくれるヤマグチさんの社員のほうがよっぽど当てになる、というのが町田市の高齢者の合言葉になっているそうです。
毎日顔を合わせて、半ば一緒に住んでいるような老人ホームの介護職員の場合、ヤマグチさんと同じような現象が起きていると私は思います。
「私をあなたは責任持って最後まで看取ってね」
「俺が死ぬまでは、お前はこのホームを辞めてはならない」
「あなたがいるから、私はこのホームにいるのよ」
などと言われた介護職員の多くは、たとえホーム運営や運営企業自体に対し疑義が生じていたとしても、さらに、自分の考えている介護がここにいてはできないと考えたとしても、この約束を履行するまでは、我慢してホームで働き続けなければならないという思いを強く持つものだと思います。
多くの介護職員は、会社員です。老人ホームには、非正規雇用の社員も多くいますが、正社員も一定数存在します。したがって当然転勤もあります。しかし、介護職員が素直に転勤に応じることは、まずありません。中には、転勤の内示を出すと「退職届」が出てくるケースも、珍しいことではありません。
ちなみに、介護業界の場合、転勤といっても自宅の転居を伴うような転勤はほとんどなく、隣りの駅前にあるホームとか、隣りの町にあるホームとか、最寄り駅は同じでも、バスに乗り継ぐ必要がある、といった程度の違いの転勤です。