収益シナジーの期待…M&Aで「中小企業を買う」メリットとは

※本連載では、公認会計士・米国公認会計士の資格を持ち、数々の企業でコーポレートファイナンスを通じて新たなスキームを構築してきた株式会社H2オーケストレーターCEO、一般社団法人M&Aテック協会代表理事および公認会計士久禮義継事務所代表である久禮義継氏が、新時代に中小企業が生き残るための経営戦略を提案していきます。

M&A案件における主目的は事業シナジーの追求だが…

前回は中小企業を対象としたM&Aが増加しており、それはスタートアップを対象としたM&Aが継続して増加基調にあることが主因と考えられ、一方で老舗を対象としたM&Aは限定的である点を指摘しました(関連記事『100億円超の大型案件も…中小企業へのM&Aが急増してる背景』参照)。

 

今回は、スタートアップを中心としてM&Aを行う目的について、大企業、スタートアップ、老舗の順に整理してみたいと思います。これは前回とともに前々回述べたスタートアップと老舗の相違点ともつながる内容となります(関連記事『中小企業の新たな定義…「老舗とスタートアップ」の明確な違い』参照)。

 

まず最初に、ど定番の目的として「事業シナジーの追求」があります。大体のM&A案件において、M&Aを実施する目的としてこのメリットを享受することが含まれているため、当然に中小企業とのM&Aにも当てはまります。詳細の内容についてはさまざまな文献において解説されているので、ここでは解説することはしません。

 

ちなみに、中小企業のM&Aは規模が限定的であるため、「コストシナジー」ではなく「収益シナジー」を期待する(将来の売上・利益の大きな成長を期待する)ことが多いものと考えられます。

 

また、中小企業とのM&Aの場合、主目的とはならないもののM&Aの経験値をあげるということを副次的な目的として考えることがあります。さらに、これは2つの目的に分けることができます。1つ目は、一気に多額のM&Aを行うことは事業リスクが高いので(将来における巨額減損の可能性など)、まずは少額のM&Aで経験を積むというものです。

 

もう1つは、グループ企業の経営陣や親会社のキーマンにマネジメント経験を積ませるために半ば「練習」と割り切ってM&Aを実施するというものです。ちなみに、老舗の場合、クロージング時点から売上や顧客がついてきて事業リスクが限定的であるため、スタートアップを対象としたM&Aより難易度が低いと思われます。

スタートアップと老舗…M&Aをする側の目的は?

【スタートアップをM&Aする際の目的】

 

次にスタートアップをM&Aする際の目的について列挙して見てみましょう。

 

●オープンイノベーション※1の加速

これまで日本の大企業は独自に製品やサービスを開発するクローズドイノベーション※2で日本独自の商品を生み出してきました。しかしながら、現代では最先端技術の進歩が速く、大企業のスピード感では、安くて高性能な製品を生み出すグローバル企業との競争に立ち向かうことができなくなっています。

 

そこで、ハイレベルな技術、人材、あるいは大企業と大きく異なる価値観やスピード感などを有する企業をM&Aで取り込むことで、イノベーションを加速させようとする機運が高くなっています。

※1 オープンイノベーション(Openinnovation)とは、自社だけでなく他社や大学、地方自治体、社会起業家など異業種、異分野が持つ技術やアイデア、サービス、ノウハウ、データ、知識などを組み合わせ、革新的なビジネスモデル、研究成果、製品開発、サービス開発、組織改革、行政改革、地域活性化、ソーシャルイノベーション等につなげるイノベーションの方法論をいいます。

 

※2 クローズドイノベーションとは、研究開発から製品開発まで一貫して自社内部の経営資源だけを活用して価値を創造することを指します。市場や技術の変化が少なく、研究開発におけるノウハウの積み重ねや摺り合わせが必要とされる業界においては、経営の効率性が高くなるといわれています。

 

●新奇性追求の姿勢

成長著しい市場の場合、十分な収益を伴うに至っていない状況であっても、ポテンシャルの高い企業に対してM&Aを実施するケースがあります。「オープンイノベーションの加速」と同様ですが、新規市場に独自で参入するとスピードが遅いため、M&Aで時間を買うという意味合いも強い。ちなみに、既存事業の深堀り、事業多角化という実利のみならず、副次的に、ニュースバリューの獲得、ステークホルダーへのアピール材料として期待する場合もあります。

 

●防衛的M&A

将来的にスタートアップ自体が自社の脅威になりえる、あるいは当該スタートアップが競合他社と連携することによって脅威になりえるというリスクに対する防衛的手段としてM&Aを活用する場合もあります。

 

●タレントバイ

経営者がスタートアップのアイコンと化している場合、その経営者自体に価値を見出しM&Aを行うものです。なお、採用広報※3が目的の一つとされる場合もあるのが特徴的です。

※3 採用広報とは、企業が採用を行う際に自社が求める人材からの応募を促すために、その企業で働くイメージを持ってもらうための情報発信を行う活動のことをいいます。例えば、具体的な業務やその働き方、社風、社員インタビューなどを発信することを通じて企業の魅力を伝えるような活動があります。

 

【老舗に対するM&A特有の目的】

 

最後に老舗に対するM&A特有の目的について整理したいと思います。

 

しかしながら、既述の通り、老舗を対象としたM&Aは限定的であり、サンプル数が少ないため、参考程度にとどまるかもしれませんが以下列挙しておきます。

 

●事業の地理的拡大

スタートアップは都心に集中していますが※4、老舗は全国各地に分散しています。そこで、M&Aにより老舗を囲い込み、自社事業の地理的拡大を目指すことが考えられます。

※4[図表1]の通り、スタートアップの資金調達が東京を中心とする都市圏に集中しているという事実をもとに類推したものです。

 

出所:entrepedia(一部改変)
[図表1]スタートアップの地域別資金調達額割合(2018年) 出所:entrepedia(一部改変)

 

●救済型M&A※5

老舗の業績や財務状況が著しく悪化している場合に、その局面を打開するためにM&Aを実施するものです。例えば、大企業と対象企業との間で一定の関係性がある場合、M&Aにより解決を図るケースがありえます。

 

•資本関係はないものの濃密な取引関係を有している(バリューチェーン上、大企業と老舗がつながっている)。

 

•老舗が独自の強みを有しており(卓越した技術力、匠の技、重要な特許を保有など)、自社事業に与える影響が大きい。

 

•両社の経営層が親族関係にある。

 

※5 スタートアップに対しても救済型M&Aが行われることがありますが、スタートアップとのM&Aは老舗とのM&Aよりもポジティブで前向きな案件が多いものと想定されるので、ここでは老舗に対するM&A特有の目的に含めています。

M&Aにより、従業員の漠然とした不安が解消される?

次にスタートアップと老舗共通の目的を整理して、そのうえでスタートアップ側の目的と老舗側の目的に分けて整理したいと思います。

 

共通の目的

 

●事業シナジーが期待できる

M&Aによって大企業が一方的にシナジー効果を享受するだけでなく、大企業から十分な支援を得たり、互いに協働することにより、中小企業サイドにおいても大きなシナジーが得られる可能性があります。事業シナジーは、特に売上や利益が十分に計上される段階に至っていないスタートアップについては成長の後押しとなる色合いが強いでしょう。

 

●経営基盤の安定化

大企業とのM&Aを通じて大企業の経営資源(資力、人材、技術、信用など)を活用できるので、慢性的な資金不足や経営力の弱さを補うことができます。

 

●従業員の不安の解消

特に老舗は外部環境の変化に脆くて、AI化の急速な進行など将来の事業の見通しに対して強い不安感を有している場合が多いですよね。それが大企業とのM&Aが実現すると、心の拠り所を得ることができましょう。またスタートアップの場合も、創業して間もないことから従業員も漠然とした不安に感じがちでありますが、資金力のある大企業にM&Aされると、そういった不安を消し去ることにもつながります。

 

スタートアップ特有の目的

 

●創業者利益の獲得

スタートアップの特性の一つとして、手法はなんであれEXITプランが当初より想定されている点があります。最近は、スタートアップ経営者の中には、会社がある程度成長すると、別事業の立上げ資金として利用することを目的として自社を売却するケースが増えています(このような行動をとる経営者はシリアルアントレプレナーと呼ばれています)。

 

●IPOに対する資金調達手段としての優位性

多くのスタートアップにとって資金調達は事業成長の大きな壁となるケースが多いです。それを解決するための手段としてIPOを選択した場合、IPOを通じて潤沢な資金を得るには長い時間と大きなリスクを伴います。一方M&Aの場合は早期に多額の金額を得ることができるので、高成長を実現するための円滑な経営を目指すことができます。

 

●事業展開のスピードアップ

スタートアップは事業を急成長させ、短期間で効率的な事業展開を図ることが非常に重要ですが、そのためには財務基盤の安定化に対する要請が殊更強いといえます。大企業によりM&Aがなされると、より大規模な投資も可能になることから事業の成長力を一気に加速することができます。

 

老舗特有の目的

 

●ゴーイングコンサーンの確保

これには大きく2つの場面があるでしょう。ひとつ目は事業承継問題の解決です。社歴が長い老舗においては事業承継問題を抱えているケースが多くみられます。いくら質の高い事業展開を行っていても、後継者がいなければ事業の存続自体が危ぶまれます。それが大企業によって第三者承継がなされると、そういった問題の解決につながるでしょう。もうひとつは、M&Aをする側の目的において触れましたが、他社に助けを求めるものです。

 

老舗の場合、企業ライフサイクルにおいて衰退期に位置しているケースが多いため、今後の経営が危ぶまれる企業が一定数存在します。そこで、独自の強みを有するなど大企業に対して強くアピールできる材料があるならば、経営が危機的状況に陥る前に、老舗サイドからM&Aを打診することも選択肢として考えられます。

 

●従業員のロイヤルティ向上

M&Aにより大企業(あるいはそのグループ企業)の一員となるため、従業員のモチベーション向上に役立ちます。また、一般的に大企業の方が非上場の中小企業よりも福利厚生が手厚いことから、そういった恩恵も受けることも期待できます。

 

以上、いかがでしたでしょうか? 大企業とスタートアップがお互いに寄せる期待、自ら足りないものを補完し合うという関係性の方が明確ですよね。老舗の方はどうでしょうか。老舗からは一定の期待があるにも関わらず、大企業側から見るとM&Aを行う強い意義というものは見えずらいというのが正直なところではないでしょうか。

 

スタートアップ万歳とまでいうつもりはありませんし、M&Aが唯一生き残る道とまではいえません。しかしながら、スタートアップも老舗も切れるカードはできるだけ持っておいた方がいいに越したことはありませんよね。

 

では、その切れるカードをきちんとした形で使えるように留意すべきポイント(M&Aを実施する際における留意事項)を次回解説していきたいと思います。

株式会社H2オーケストレーター・CEO
一般社団法人M&Aテック協会・代表理事
公認会計士久禮義継事務所・代表
 

1994年、同志社大学経済学部在学中に公認会計士第2次試験合格。1995年、同校卒業後、中央監査法人に入所。1998年、日本興業銀行ストラクチャード・ファイナンス部へ出向。2000年、同法人金融部に配属。2001年、ドイツ証券投資銀行本部に転じる。2006年、ミシガン大学ビジネススクールを卒業後、The Bridgeford Group(ニューヨーク)にて勤務。2007年に帰国し、JPモルガン証券投資銀行本部、みずほ証券グローバル投資銀行部門、Deloitteなど数社を渡り歩く。2013年、NEC経営企画本部に転じ、2019年独立。これまで、規模・地域・業種を問わず数兆円超(企業価値)のM&Aアドバイザリー、民事再生法を活用した事業再生スキーム(国内初案件)におけるM&Aアドバイザリー、事業法人グローバルIPOにおける共同主幹事(2002年国内最大案件)、特殊法人の民営化関連アドバイザリー、退職給付信託や各種証券化スキームの開発等、投資銀行業務における重要案件を幅広く担当した経験を有する。NECでは、上級役員の参謀役として経営の中枢に携わり、中長期戦略・グローバル戦略の立案・実行部隊として、ダボス会議事務局、グローバルアライアンス推進、新規事業開発、中期経営計画立案などに従事。公認会計士、事業承継士、米国公認会計士(未登録)。著書に『流動化・証券化の会計と税務』(中央経済社)、「スモールM&Aの教科書 −売買当事者が安心して取り組める実務知識−」(中央経済社)など。

著者紹介

連載令和時代に生き残る!中小企業のための新しい経営戦略

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