中小企業のスタートアップ思考…「運」を見方につけるには?

※本連載では、公認会計士・米国公認会計士の資格を持ち、数々の企業でコーポレートファイナンスを通じて新たなスキームを構築してきた株式会社H2オーケストレーターCEO、一般社団法人M&Aテック協会代表理事および公認会計士久禮義継事務所代表である久禮義継氏が、新時代に中小企業が生き残るための経営戦略を提案していきます。

安定的ビジネスのみに全力を注ぐのを避ける⁉

さて、今回はスタートアップ思考の最終回、「運」編について整理していきます。

 

 

<スタートアップ思考その12>

「リスクをポートフォリオ管理する(バーベル戦略)」

 

【概要】

ほかの分野で慎重な行動を取りながら、新規事業分野ではリスクを取ることで、全体的なリスク量をコントロールすることです。実例としては、投資におけるバーベル戦略というものがあります。極端にリスクの低い投資と極端にリスクの高い投資を組み合わせ、中くらいのリスクの投資は一切とらないという戦略です。85%~90%を安全性の高い資産に投資し、残りの10%~15%を投機的な資産に投資するというイメージです。

 

【考察】

既存事業において安定収益を計上している場合は、経営資源にいくばくかの余裕があるでしょう。安定的ビジネスのみに全力を注ぐのではなく、そういった優位な状況にあるうちにバーベル戦略を活用して、新規事業開発というハイリスクな活動を開始しておくことが肝要です。好奇心の赴くままに、一定のリソースを使って新規事業に取り組むことで非連続的な成長を目指すのです。 その結果として、全体的な事業リスクを減少させることが期待できるでしょう。

 

<スタートアップ思考その13>

「市場参入のタイミングに気をつける」

 

【概要】

過熱気味の市場に急いで参入すると、企業の生存率や成長確率が低くなるという研究結果が報告されています。裏を返せば、「過熱が過ぎ去ってから参入する」「一般的に考えて悪いタイミングで参入する」といったように、逆張りで参入すると成功確率が高くなることを意味します。

 

【考察】

「ファーストペンギン(=一番最初に市場に参入する者)を狙わない」と似たような理屈です(したがって、本連載の第24回中小企業が「AI化の波にうまく乗っかる」コバンザメ戦略とは?のなかでお示しした内容とも似ています)。

 

つまりタイミングを見計らって市場に参入し、できるだけ有利なポジションを狙うというロジックです。ただ、「ファーストペンギンを狙わない」は、新たに市場を創出する場合の話ですが、ここではすでに市場が創出されている場合の行動様式です。

 

なお、逆張り戦略は金融商品投資でよく使われるテクニックですが、なかなか功を奏しないことが多いことも確かです。このテクニックを活用するには、市場に対する正確な目利き力が必要でしょう。

「何をするかではなく、何をしないかを決める」

<スタートアップ思考その14>

「挑戦の回数と速度をコントロールする」

 

【概要】

挑戦する回数(=失敗する回数)を増やすことで、成功確率が高くなります。ポイントはより早く、より安く挑戦(=失敗)することです。初期に負担が小さい段階で数多く失敗することで、「何をするかではなく、何をしないかを決める」ことが重要なのです。その結果、挑戦の質が改善されていき(顧客ニーズに近くなっていき)、運を手繰り寄せる可能性が高くなります。失敗や損失は元来ネガティブなイメージで捉えられやすいですが、予測可能な範囲に抑えることによって、必要コストと割り切ることができます。このように大きな失敗を避けることによって、何度も挑戦できる余力を残すことができます。

※参考として「リスクの玉ねぎ理論」というものも指摘しておきます。これは、事業運営に内在するリスクを一つ一つ排除していく際に、まずは大きなリスクから潰していき、それから段々と小さなリスクを潰していくという流れのほうが効率的であるという考え方です。

 

【考察】

スタートアップは、社会を変えてやろうという大義を持っている一方で、非常に限られたリソースで戦いに挑んでいます。既存事業が存在しないスタートアップは、まさにあとがない状態で新たな道を切り開こうとすることから、いかに挑戦の回数を増やすことができるかどうかが生死をわけるポイントとなります。

 

このようなスタートアップに対して、既存事業(=逃げ道ともいえます)のある中小企業は、どこまで互角に戦うことができるでしょうか? 熱意と危機感をどれだけ有しているでしょうか? 勝負に挑む前に、今一度自分自身の覚悟を確認する必要があるでしょう。

 

以上、今回はスタートアップ思考のうちの「運」に絞って考察を試みて見ました。結果として、次のようなことがいえるのではないでしょうか。

 

• 既存事業が安定成長しているときこそ、新規事業を推進し非連続な成長ストーリーを描くチャンス。ただ、リソースの活用バランスに気をつける。

• 市場に対する目利き力を高めることを意識して、市場参入のタイミングを見極める。

• 既存事業があることを、失敗した際の 「逃げ道」と考えてはならない。スタートアップを競争相手と見立て、新規事業を推進するだけの十分な熱意と危機感を有しているかどうかについて今一度確認する必要がある。

 

以上、全6回にわたりスタートアップ思考を整理してみて、中小企業にどのような学びがあるかについて考察してきました。さて、皆さんは、全体を通してどのように感じたでしょうか? これまでと少しは見える景色が変わったでしょうか?

 

確かにスタートアップは起業の極めて特殊な形であって、一般的な中小企業とは明確な違いがあります。全く違う世界の生物です。それゆえ、ほとんどの中小企業は、スタートアップの行動様式や思考パターンを知ってか知らずか、スタートアップを競合先や協業候補として認識していないケースが多いように見えます。

 

しかしながら、両者の違いが大きいからこそ、周りが認識していないからこそ、そこに急成長のヒントがあるのではないでしょうか。ひょっとしたら、近隣の同業他社を出し抜くことができるかもしれません。あるいは、既存事業を全否定しようとするスタートアップとの戦いに挑むことができるかもしれません。だから、スタートアップ思考の一部でも意識して行動してみる価値があるのではないかと考えます。

 

では、最後の最後に、次のように締めくくって終わりにします。

 

スタートアップ投資会社の大手、Y Combinatorの創業者であるポールグレアムの言葉を引用したものです。彼は起業家として有すべき資質としてこのように述べています。

 

「自己の信念については粘り強く、 偶然に対しては臨機応変であることが必要である (Relentlessly Resourceful)」 (出所:http://www.paulgraham.com/relres.html)

 

これは、これからの激動の時代を生き抜くために、スタートアップのみならず中小企業にもそのまま当てはまる普遍的なメッセージといえるでしょう。

 

参考資料:「逆説のスタートアップ思考」(馬田隆明:中央公論新社)

株式会社H2オーケストレーター・CEO
一般社団法人M&Aテック協会・代表理事
公認会計士久禮義継事務所・代表
 

1994年、同志社大学経済学部在学中に公認会計士第2次試験合格。1995年、同校卒業後、中央監査法人に入所。1998年、日本興業銀行ストラクチャード・ファイナンス部へ出向。2000年、同法人金融部に配属。2001年、ドイツ証券投資銀行本部に転じる。2006年、ミシガン大学ビジネススクールを卒業後、The Bridgeford Group(ニューヨーク)にて勤務。2007年に帰国し、JPモルガン証券投資銀行本部、みずほ証券グローバル投資銀行部門、Deloitteなど数社を渡り歩く。2013年、NEC経営企画本部に転じ、2019年独立。これまで、規模・地域・業種を問わず数兆円超(企業価値)のM&Aアドバイザリー、民事再生法を活用した事業再生スキーム(国内初案件)におけるM&Aアドバイザリー、事業法人グローバルIPOにおける共同主幹事(2002年国内最大案件)、特殊法人の民営化関連アドバイザリー、退職給付信託や各種証券化スキームの開発等、投資銀行業務における重要案件を幅広く担当した経験を有する。NECでは、上級役員の参謀役として経営の中枢に携わり、中長期戦略・グローバル戦略の立案・実行部隊として、ダボス会議事務局、グローバルアライアンス推進、新規事業開発、中期経営計画立案などに従事。公認会計士、事業承継士、米国公認会計士(未登録)。著書に『流動化・証券化の会計と税務』(中央経済社)、「スモールM&Aの教科書 −売買当事者が安心して取り組める実務知識−」(中央経済社)など。

著者紹介

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