中小企業のスタートアップ思考…「熱狂的な顧客」をつかむ方法

※本連載では、公認会計士・米国公認会計士の資格を持ち、数々の企業でコーポレートファイナンスを通じて新たなスキームを構築してきた株式会社H2オーケストレーターCEO、一般社団法人M&Aテック協会代表理事および公認会計士久禮義継事務所代表である久禮義継氏が、新時代に中小企業が生き残るための経営戦略を提案していきます。

「小さな活動」を根気よく積み重ねることが重要

さて、今回は中小企業のスタートアップ思考の考察4回目、「戦略」の後編について整理したいと思います。

 

[図表]
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<スタートアップ思考その8>

「最初はスケールを追求しない」

 

【概要】

初期段階では、あえて事業をスケールさせることを追求するべきではありません。なぜなら、そのような状態を一定期間続けると次のようなメリットがあるため、結果的に後々事業をスケールさせやすくなるからです。

 

・顧客層を少数に絞り込めば、リソースの限界による制約を感じることなく、顧客ニーズを深くまで理解することが可能になる。その結果、そういった熱狂的なファン(Raving fan)との関係を維持し続けることができる。

 

・顧客から真に愛されるプロダクトを提供する前に、多額のマーケティングコストや営業コストを使って無理やりスケールさせようとすると、どこかで壁にぶち当たり、事業運営上致命的なダメージを与えかねない。

 

なお、あえてスケールさせない段階においては、次のような小さな活動を根気よく積み重ねることが重要です。このような活動を進めていきながら、少しずつ独占領域を広げていくのです

 

・創業者自らが営業マンとなって、顧客を自力で獲得していく。

・ひたすら顧客と向き合って、手痛いフィードバックや反応を直接感じとり、それをプロダクトに反映させる。

・特定の顧客に寄り添い、その顧客にとってダントツに優れたサービスを提供するよう最大限努力する。

※ 当該活動は「プロダクト」編において述べた「仮説検証プロセス」を別の表現で述べたものです。また、この活動は、あくまで営業の一環として行われることが重要です。なぜならマーケティング活動だけでは真摯に明確なフィードバックや反応を与えてくれることは少ないからです。

 

これは補足ですが、スケールさせない期間を超えて、実際にスケールさせていくべき段階においては、それに比例して人的資源が必要になってきます。従業員に仕事や同士をとことん好きになってもらい、できる限り長く会社で貢献してもらう必要があります。そのためのキーワードは「モメンタム(速度、勢い)の維持」です。

 

自社が顧客のハートを強くつかみ始めているという体感を与えて、自社の成長を肌身に感じさせることを通じて、モメンタムを維持することが必要なのです。その観点からも素早くプロダクトを作りローンチしてしまうことが肯定されるのです。なぜなら、それによって最初のモメンタムを得ることにつながるからです。そのあとは、クイックウィンを設定して、それらをコツコツと一つずつ達成していくことで、さらにモメンタムを維持させていきましょう

 

【考察】

熱狂的な顧客(Raving fan)を掴むということですが、中小企業の場合、既に既存顧客の全部またはその一部=熱狂的な顧客という図式になっている可能性があります。そういう意味ではゼロから作り上げていかなければならないスタートアップよりも優位性があるといえるでしょう。

 

しかし、それは既存事業で構築された図式であって、社会情勢の変化、技術革新の進行などに伴っていつまでもそういう立ち位置でいてくれるかはわかりません。なお、中小企業の場合は、スタートアップのように極めて短期間のうちに事業拡大路線に走るという姿勢を取らない企業も多いはずです。

 

しかし、これは決して否定されるものではなく、前述に指摘した「競争は負け犬の戦略である」という意味では合理的な行動ともいえます。ちなみにこれは第8回において「ステルス戦略」として同様の内容を指摘しています(関連記事『中小企業の戦略「ステルス」と「スリップストリームアタック」』参照)。

 

つまり、闇雲に大きく行動をとることは競争を呼び込むリスクを高めるため、こっそり小さく始めるべきという主張です。

大企業は「新しい価値」を生み出しづらい環境にある⁉

<スタートアップ思考その9>

「戦略とは往々にして実践から生まれてくる」

 

【概要】

最初に目標を立てて、それに沿って計画的に進めていくという経営戦略の立案・実行の王道スタイルは新規性が高く、不確実性の高いビジネスを追いかけるスタートアップには当てはまりにくいのが現実です。

 

スタートアップの戦略は計画的ではなく、往々にして実践から生まれるものです。顧客とのやり取りの中で戦略が醸成されていくのです。情緒的にいうと、何かをやりたいという情熱があるから行動するわけではなく、行動して初めて情熱が生まれてくるともいえましょう。

 

ただ、これはバランスの問題で、頭が空っぽで始めることまでは許容できるわけはなく、一定の理想像は設定して、その後顧客との実際のやりとりを踏まえて有効な戦略を確実なものとしていくのです。これは前述したプロダクトの仮説検証プロセスと同じ塩梅であり、著者も第20回『中小企業が経営に活かすべきスティーブ・ジョブズの思考とは』と第21回『戦略を固めすぎない中小企業経営のススメ…「6つの心得」とは』において同様のことを述べています。

 

【考察】

大企業では「新規事業の開発」に特化して行う部署があるケースが多いでしょう。その場合は、事前に入念なリサーチや下準備を行い、実行に移す前に詳細に目標を設定することが可能です。

 

しかしながら、そのような部門があると逆にデメリットがあることも指摘できます。それは、実はいいアイデアであっても奇抜であったり類似事例がないと承認されにくいというものです。

 

つまり、大企業においては、意図していないにせよ、俯瞰してみると、新しい価値を生み出しづらい環境にあるというパラドックスが存在しています。

 

一方、中小企業ではそういう部門がない場合が多いです。従って、現実問題、走りながら目標を定めていくという方策しか取りようがないといえます。大企業と異なり、奇をてらったことでも伸び伸びと事業開発を進めることができるというメリットともいえるのです。

 

以上、今回はスタートアップ思考のうちの「戦略」の後半に絞って考察を試みて見ました。その結果、全体をまとめてみると次のようなことがいえるのではないかと思います。

 

• 既存顧客との関係をうまく活かせれば、熱狂的顧客層の維持継続という手間は省くことができる。しかし、既存のプロダクトのみを提供しているとその関係性が崩壊する恐れがあるので、小さくても、ゆっくりでも構わないので、仮説検証プロセスを回しながら、次の事業展開を模索することが必要である。

 

• 新規事業開発部門があるかどうかという外見だけで判断されるものではない。中小企業では、大企業と異なり、のびのびと新規事業開発を行える素地がある。

 

次回はこのトピックの「組織」について考察していきます。

 

参考資料:「逆説のスタートアップ思考」(馬田隆明:中央公論新社)

株式会社H2オーケストレーター・CEO
一般社団法人M&Aテック協会・代表理事
公認会計士久禮義継事務所・代表
 

1994年、同志社大学経済学部在学中に公認会計士第2次試験合格。1995年、同校卒業後、中央監査法人に入所。1998年、日本興業銀行ストラクチャード・ファイナンス部へ出向。2000年、同法人金融部に配属。2001年、ドイツ証券投資銀行本部に転じる。2006年、ミシガン大学ビジネススクールを卒業後、The Bridgeford Group(ニューヨーク)にて勤務。2007年に帰国し、JPモルガン証券投資銀行本部、みずほ証券グローバル投資銀行部門、Deloitteなど数社を渡り歩く。2013年、NEC経営企画本部に転じ、2019年独立。これまで、規模・地域・業種を問わず数兆円超(企業価値)のM&Aアドバイザリー、民事再生法を活用した事業再生スキーム(国内初案件)におけるM&Aアドバイザリー、事業法人グローバルIPOにおける共同主幹事(2002年国内最大案件)、特殊法人の民営化関連アドバイザリー、退職給付信託や各種証券化スキームの開発等、投資銀行業務における重要案件を幅広く担当した経験を有する。NECでは、上級役員の参謀役として経営の中枢に携わり、中長期戦略・グローバル戦略の立案・実行部隊として、ダボス会議事務局、グローバルアライアンス推進、新規事業開発、中期経営計画立案などに従事。公認会計士、事業承継士、米国公認会計士(未登録)。著書に『流動化・証券化の会計と税務』(中央経済社)、「スモールM&Aの教科書 −売買当事者が安心して取り組める実務知識−」(中央経済社)など。

著者紹介

連載令和時代に生き残る!中小企業のための新しい経営戦略

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